旧川越街道

f0211837_15201847.jpg昨年6月に「京街道」を走って以来、ほんとうに久しぶりの旧街道です。
予定では秋に「甲州街道」に向うはずだったのですが、想定外に忙しくなったことと足のケガで、断念。
現在も連続して時間がとれそうもないので、一日で走りきれる旧川越街道に目標を変更です。 蔵の街・川越には一度行ったことがありますが、あらためて歩いてみたいという思いもありまして。

川越街道は、正式には日本橋から川越まで。 でも日本橋~板橋は中山道と重なるため、
「板橋~川越」
と捉えることが多いようです。僕もいずれは中山道を走りたいと思っているので、板橋から出発することにしました。ちょっと迷いましたが、「迷った時は、ラクな方を」、が僕のジンセイの基本方針なので。003.gif

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新撰組・近藤勇の墓。 
板橋駅の真ん前にありました。
お寺を想像してましたが、駅前によくある小公園風。

なぜか「チャンバラトリオ」をイメージしつつ003.gif
さあ、ここからスタートです。

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          500m ほどで
     平尾追分
          中山道との分岐点です。
  



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      板橋区は、昔ながらの商店街が
      連続して現れます。
      昭和レトロ・ファンには、ロマンチック
      街道!



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白子宿の本陣跡は、現在郵便局。


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    膝折宿の本陣跡も、現在郵便局。

どちらも説明文の類は見当たりませんでした。
旧街道ファンとしては、ちょっと悲しいですね。



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横町の六地蔵。
六体の地蔵さまは享保17年
(1732)、右の地蔵菩薩立像は正徳4年(1714)の造立。



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     新座市の観光のメイン・
    平林寺
     惜しいことに工事中!
     工事用のシートをかわして、
     山門をパチリ。

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山門の近くに、「観光プラザ」がありました。
「三島市観光PR大使」の僕としては、表敬訪問029.gifせねばなりません(?)。

何気なく中に入ったら・・・・
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   おおーっと!
   新座市のゆるキャラ・
  ぞうきりん
 くん
   のお出迎えです。


体はゾウで、模様がキリン。新種発見?
いやいや。新座のランドマークは、
平林寺の広大な「雑木林」。
で、「ゾーキリン」。 なんだ、シャレか!
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こちらはご存知、鉄腕アトム。
新座市には手塚プロのスタジオがあり、
アトムは住民登録されてるそうです。
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   ガイドの小倉さん。
   たいへん親切に説明
   していただきました。


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旧道は、国道245号と、着いたり離れたり。
たんたんと進みます。

並木の緑は、この時期は無理ですね。


烏頭坂を越えると、川越市街。 意外なことにあの有名な古い家並みは、旧街道沿いではありません。一本となり。
そちらの観光は後にして、まずはゴールを目指します。

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突然、といった感じで洋風レンガの建物が現れました
川越キリスト教会
「ご自由に・・」 と書いてあったので中へ。
えもいわれぬ静ひつなひと時でした。


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市役所を右折して、ひと走り。
ゴールの 川越城本丸御殿

ホッ。ずっと弱い向かい風だったわりには、あまり疲れていません。
でも、小さなロールパンを朝4つ、途中で2つ食べただけなので、さすがに腹ペコ。駄菓子屋で、ヤキソバをかっ込みました。



f0211837_18225829.jpg 市役所すぐ近くの旭湯 へ。
最近の旅では必ずお世話になっている旅行の達人・S君が見つけといてくれました。銭湯ファンにはたまらない昔ながらの趣き。
小さな湯船2つ、カラン12個。 これで410円は、スーパー銭湯や大規模レジャー系温泉に比べて割高にも思えますが、いやいや良いんです! 心まで温まる風情は、お金じゃあ買えません。
とくに僕なんか、かつてのTVドラマ 「時間ですよ」浅田美代子に恋こがれ、屋根の上、堺マチャアキとのデュエットにセイシュンの理想をみた男。 旧川越街道完走の、最高のご褒美になりました。

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川越のシンボル・
時の鐘

3連休の中日ということもあり、古い家並みの通りは、観光客であふれていました。



本日の走行距離/回り道こみで、約34km
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# by toukai53 | 2014-03-30 19:46 | 川越街道

東海道完全走破! 「京街道・2」

前回走り終えた京阪電鉄・牧野駅、6時45分。
アルコールが、完全に残っている・・・。気温上昇を恐れ京都発の一番電車に乗ったのですが、ウラ目に出たもようです。だましだまし、行くしかないか・・。

d0242207_7222176.jpgほどなく 枚方宿。

古い家並みが、そこそこ残っています。
公的な案内板は「京街道」ですが、私的なものでは「東海道」の文字も・・。
「東海道五十七次」
の意識でしょう。

ビルの谷間に “現役”の旧家


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宿場観光の中心(?)、鍵屋資料館
朝早くて開いてないと思っていたのですが、
やっぱ開いていませんでした。


アルコールも抜け、さあこれからと思ったとたん、迷子。
ここで嬉しい嬉しい女神登場!
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生まれも育ちも地元という若奥様・Nさん。053.gif
朝のお散歩中。

「ここ真っ直ぐ行って・・・アカンな。
こっちの方が分かりやすいか。 左曲るやろ、突き当たったら、そこを・・・ここも迷うな・・。
ええわ、分かるとこまで行ってあげるワ」

結局、なんと2㎞! 思わぬ若奥様との早朝デート(?)となりました。

    正面はNGとのことで、後姿を。
    蓮如ゆかりの古刹・光善寺

淀川の土手を約7㎞、快適なルートです。恐れていた気温も、むしろ涼しいくらい。
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d0242207_7511244.jpg守口宿 の一里塚跡

ここもすぐには見つけられず、ママチャリの若奥様に尋ねたところ、わざわざチャリを降り、数10m逆走して教えてくれました。本日は、人妻の当たり日?037.gif

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駅近くに歴史を感じさせる通りがありました。


現代の大通りを、淡々と進んでいきます。旧街道に分かれる所が何ヶ所かあるのですが、案内板の類はまったくないので、地図で分かる範囲でのトレースとなりました。

大都会・大阪の雰囲気が迫る京橋駅。でも道が分からん!
本日3回目、奥様に道を尋ねます。ただし今回は、40年前の若奥様 (要するに、お婆さん)。 かつてハツラツとした青春を送ったであろうこのお方も、今では動くのも大変そうで、道路に座りこんだまま、右手のみで方向を指し示してくれました。

d0242207_12383369.jpgで、大阪城!

ゴールは、もうすぐ。

でもこのあたりは、大阪でも屈指の繁華街のため信号も多く、ストップばかり。
ドラマのように、ゴールに向って一直線、てワケにはまいりません。
ファッショナブルな大都会で、ランパン・ランシャツ姿は浮いてるし。



天満橋を過ぎました。天神橋も過ぎます。
そして最後の角を左折。
見えました!高麗橋!d0242207_12474755.jpg


東海道のほんとうの終点であり、西日本の道の基点がここです。

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大通りから1本入ってるせいか、意外なほど静かな所でした。


おさらいしますと「京街道」は、大名が京都で公家と接触しないよう、幕府がとらせた東海道の迂回路。
汗だくになって自分の足で進んでゆく姿は、大名行列とは大きく異なりますが、新幹線から見慣れた京都~大阪間を、この足と目で確認できたことは、たいへんたいへん有意義でありました。


本日の走行距離/約27㎞ (若奥様と歩いた距離を引くと、約25㎞)

                                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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高麗橋から数100mの所に
緒方洪庵の「適塾」が残されています。

緒方洪庵―適塾、は知っていましたが、大阪にあったんだなあ。




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  自分へのお土産は、新大阪で買った
    「たこむす」 (¥650)

   「天むす」の、たこやきバージョン。

   ほんま、大阪っちゅうとこは・・。
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# by toukai53 | 2013-06-23 07:43 | 京街道

京街道・1 「東海道五十七次へ!」

「東海道五十七次」ってご存知でしょうか?
東海道といえば、ふつう日本橋~京都三条大橋 の「五十三次」。しかし江戸幕府は、大名行列では、大名と公家を接触させないよう、京都を迂回するルートをとらせたそうな。大阪に至るこの道は、東海道の延長として道中奉行が管轄し、その伏見・淀・枚方・守口、4つの宿を加えると、東海道五十七次、というわけです。
いま山科追分~大阪・高麗橋をつなぐこの道は、「京街道」 の名が付いています。今回はこの道を走ってみようと思います。大名とは真逆の僕ではありますが。003.gif

d0242207_19232297.jpg山科追分、国道1号から旧東海道に入る地点です。2年前の東海道の時、間違いなく来ているのですが、記憶にありません。旧道に入らず、そのまま直進したことは確か。
あの時は、ゴールの三条大橋でラジオの生レポートの予定があり、そのことで気持ちが一杯だったんだよなあ・・。
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そんなことを考えながら進んでいたら、道標でポカ。
「みきハ 京ミち」
「ひだりハ ふしミみち」
今回は伏見経由で大阪へ向うというのに、うっかり京都行きとカン違いし、右へ。
300mほど行って気づき、大事には至りませんでしたが。
(写真の角度が、京都に向う気持ちを示してます・・)

市街地を淡々と進みます。
ここで、腹具合が悪くなるアクシデント。助けを求めた「音羽病院」は、時間外にも関わらず親切な守衛さんが気持ちよくトイレを貸してくれました。ホッ042.gif

d0242207_19472093.jpg伏見宿に入ります。
古くて格式の高い家がポツリポツリ。

伏見といえば、お酒です。
多くの酒蔵や工場が観光スポットになっています。

ここは、カッパがシンボルの黄桜

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伏見は、しばしば日本史に登場するトコです。
とくに幕末では、多くの志士たちが闊歩往来。最も有名なのは、そう坂本竜馬 です。
この狭い飲食店街は、その名も「竜馬通り」
やっぱ竜馬は、幕末維新 №1のスーパースターですね!(僕自身は、高杉晋作の熱烈ファン)。

d0242207_19595578.jpgそして、竜馬と言えば、ここ。
寺田屋

「寺田屋事件」のまさに舞台で、おりょうさんさんとの出会いの場でもあります。

2階から、ひょいと竜馬青年が顔を出しそうな雰囲気です。


d0242207_21443263.jpg寺田屋すぐ前の船着場。寺田屋には10年ほど前に自転車で来たことがあるのですが、その時はすぐ酒蔵めぐりに向ったので、ここは初めて。
竜馬も、ここで船の乗り降りをしてたんだなあ・・。
現在は、快適な遊歩道になっていて、竜馬・おりょうの銅像も立っています。

京街道は、伏見宿を抜けると、淀川に出ます。快適な土手の道・・・ですが、国道1号を渡ろうとして、絶句。
d0242207_2264752.jpg車が高速でビュンビュン行く道に、信号ナシ。左、川原側に降りる道はなく、右側には京阪の線路。安全に渡ろうとするなら、大大大迂回が必要です。僕は決死の覚悟で強行突破。

ここを管理するには国交省?京都府?・・・・これはないと思いますヨ! 快適な土手上の舗装道が、ここで断絶。歩道橋とかアンダーパス、せめて川原に降りる階段など、土手道を整備する時にセットで考えなかったのでしょうか・・・快適な道も、これでは宝の持ち腐れ!
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京都競馬場の前を通り、城跡。
小規模ながら、当時のままの石垣が残っていて、なかなかの風情でした。
今は公園として整備。ご老人たちがゲートボールに興じていました。


淀川を渡ると、有名な岩清水八幡宮。寄ってみたかったけど、今日は予定距離を走ったらすぐ帰らねばなりません。後ろ髪(ありませんけど003.gif)引かれる思いで、通過。

むかし遊郭があったという橋本は、庶民の古い家屋が良い感じで残っていました。・・・なのに写真を撮り損ね!

樟葉の手前で迷子!
偶然お宅から出てきたオバチャンが親切に教えてくれ、セーフ。このオバチャンがいなかったら大変なことになっていたはず。名も知らぬ、マスクしてたので顔も知らぬオバチャンに、あらためて感謝!

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今日のゴールは京阪の牧野駅。

とにかく急いで帰らなきゃ。駅の写真だけ撮って、電車へ。




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今回のルートで驚いたのは、道の傍らに数多くの石仏や祠、道標があったこと。
京阪の都市部だから、その類のものは皆無と思ってたのに・・。
意外なほど、旧街道気分を楽しめる道でした。


本日の走行距離/約28㎞
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# by toukai53 | 2013-05-16 19:43 | 京街道

奥州街道・2 大田原(練貫)~白河 「着きました!」

f0211837_13495368.jpg出発から良い気分です。最寄のJR沼津駅。商店街から、聴き慣れたエミーさんの声が・・・。
僕たちのつくった、「♪ ほのぼのわくわく仲見世」です! コンテストで
1等賞を取ったのは数年前ですが、今でも時々流してくれるのです。自分のつくった歌が街に流れるのが夢だった僕には、何よりのエール!

奥州の道は、はるか青森まで続くわけですが、江戸幕府が定めた「五街道」は、福島県・白河まで。
前回走り終えたのは、大田原宿から6㎞ほどの、「練貫十文字」。 新幹線・那須塩原からタクシーで移動し、さあ白河を目指して、約36㎞のスタートです。3月30日。

f0211837_13515836.jpg          鍋掛宿。
        松尾芭蕉、「奥の細道」の句碑 (1808)。
         「野をよこに 馬ひきむけよ ほととぎす」      
隣の「正観寺」には有名な枝垂れ桜があるのですが、まだツボミでした。
今年、静岡や東京が大幅に早かったので、
ひょっとしたら、と期待してたのですが。

d0242207_2031041.jpg寺子一里塚。

公園として整備されていました。
水飲み場で一口ふくんだら、鉄サビの味!思わず吐き出しました。
それが生意気に見えたのでしょうか、地元の野良犬が激しく吠えて威嚇してきました。
犬は苦手なんです・・・。


f0211837_1512361.jpg越堀宿 を抜け、酪農地帯のアップダウンを何度もクリアし、開けたところが
芦野宿。

それぞれの家に、屋号を印した石の灯籠(?)。
古い家並みはなくても、歴史を大切にしようという心意気が伝わります。

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本日のルート。驚くほどひんぱんに、石仏・お地蔵さん・
馬頭観音に出会えます。
今日は肌寒いけれど、気候の良い春や秋には、
心安らぐウォーキングになりそうです。

                 これは、脇沢の地蔵様。




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栃木県から、福島県に入ります。

福島は大好きで何度も来ていますが、震災後は初めて。
JFAアカデミー福島の選手たちと一緒に歌づくりをしたこともあって、感慨もひとしおです。




f0211837_1525525.jpg陸奥国と下野国の境界には、二社の「境の明神」が並んで建っていました。

左が栃木側 「玉津島大明神」


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          右が福島側 「住吉明神」

さあ、福島です!


f0211837_15391665.jpg白坂宿 を過ぎ、白河市街に入ったところに、戊辰戦役の碑がありました。

ちょうど今、大河ドラマで「八重の桜」をやっていますね (僕は見ていませんが)。

このあたりは、白河口の激戦地。
会津藩兵304名の墓や、長州藩士・大垣藩士の墓などありました。

f0211837_1545429.jpg白河宿、今のJR白河駅前を正確に旧道トレースした後、ひと走り。

阿武隈川です。

ようやく晴れ間が見えましたが、残念ながら遠くの山並みは雲の中でした。

さあ、あと少し!

f0211837_15581131.jpg小さな丘を快調にクリアし、ついにゴールです。

この何気ない分岐が、
女石の追分。 
徳川幕府道中奉行管轄による奥州街道の終点です。。

左が会津越後道。右は仙台松前道。

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碑や案内板の類は何にもありませんでしたが、かわりに戊辰戦役の碑が建っていました。
多くの仙台藩士がここに眠っています。
(この後に出会ったボランティア・ガイドさんによれば、このあたりで戦死した兵は、敵味方問わず、全員埋葬されたそうです。土地柄が偲ばれます)


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さあ、白河駅まで約2㎞走って戻り、市内観光を楽しみましょう!

シンボルの小峰城。
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迂闊にも僕は知らなかったのですが、日本屈指の見事な石垣なんだそうです。
ところがその自慢の石垣が、あの大震災で崩壊。現在、改修工事中。中に入れなかったのは残念ですが、自分の記憶を風化させないために、貴重な写真かもしれません。

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ボランティア・ガイドの平野さん(左)と、??さん(右)

たいへん親切に、詳しく説明してもらいました。感謝!



f0211837_16263737.jpg白河といえば、白河ラーメン!
ガイドブックに載っていた有名店、「鈴木食堂」さんへ。

白河ラーメンの特徴は、あっさり醤油スープと、手打ちちじれ麺とのこと。

美味い! オジサンには、こういうシンプルなヤツがいいなあ。
最近流行の「気合満点系」ラーメンは、疲れてしまって・・・。


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あれま、ビックリ!
小原庄助さん のお墓がありました! 
皇徳寺。

    盃と徳利を模したお墓が、なんともユーモラス。

民謡「会津磐梯山」で、
「♪ 朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上つぶした」 
と歌われた庄助さん。
今日知ったのですが、その辞世もスゴイ! 

「朝によし 昼はなほよし 晩もよし 
飯前飯後 その間もよし」


爆笑の旅の締めくくりでした。003.gif



本日の走行距離/ 練貫~女石 約36㎞
            白河駅までの帰路を含めると、計約38㎞


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ひとり駅伝ブログ」のオマケ
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あだ討ちで有名らしい 勝五郎と初花 (ぶっちゃけ僕は知りませんけど)。
その勝五郎が彫った、「瓢(ふくべ)石」。

勝五郎・初花夫婦のお墓があるのは、東海道・箱根路の「鎖雲寺」。
奥州街道と東海道が結ばれた気がします(?)。




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白河には、古い家もポツリポツリ。
ここは、小原庄助さんのお墓の裏側の 染物屋さん。現役なのが嬉しいですね。

白河は、観光の穴場かもしれません。




 
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# by toukai53 | 2013-04-01 20:06 | 奥州街道

奥州街道・その1 宇都宮~大田原 「久しぶりです、旧街道」

昨秋、「日光街道」を走り終えてから、ずっと音楽に集中していました。
ようやく自分のお役目が一段落し、ホッ。 久しぶりで旧街道に旅立ちました。
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奥州街道。
日本橋から福島県の白河まで。
でも宇都宮までは日光街道と重なるので、出発はここから。
2月9日、律儀に(?)、日光街道と分かれる追分までバスで移動してスタートです。ギョーザも食べずに!


追分の交差点。正面奥が日光街道。
奥州街道は右へ進みますf0211837_751272.jpg



          アーケードの商店街が、
          旧奥州街道でした。

          そういえば、旧東海道でも
          四日市がこんなだったっけ。




JR宇都宮駅すぐ近く。大きな交差点、ビル群の中に突然、異質な建物が現れました。
旧篠原家住宅。国指定の重要文化財。
f0211837_6401443.jpg篠原家は、江戸時代からこの場所で醤油の醸造や肥料の商い。現在の建物は明治28年のもの。
外観も重厚なら、展示物も凄い! 明治の豪商の財力と「粋」が伝わります。

入場料100円ですが、駅前だし、ここは必見!宇都宮はギョーザだけではないのです!f0211837_6571775.jpg

ボランティア・ガイドの河合さんご夫妻。
お客が僕一人だったこともあり、実に実にていねいに解説してくださいました。 なんと1時間!
僕が三島からだと言ったら、奥さん
「あら! もうすぐ『クレマチスの丘』に旅行に行くのよ!」
クレマチスの丘は、厳密にはお隣の長泉町なのですが・・・おおむねOK!

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雪をまとった
日光連山
の眺め。

日陰には、雪が残っていました。


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とつぜん水路に水車の白沢宿を過ぎ、

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       鬼怒川を越えます。


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田園風景を抜け、氏家宿で今日はおしまい。
距離わずか18キロですが、遅い出発だったので仕方ありません。
旧奥州街道は、鉄道と離れがちだし、路線バスの状況は読めないので、無理は禁物です。

旧街道沿いにある光明寺
屋根の上の不動明王にビックリ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2月10日。うす暗い中、スタート。
大田原宿まで、約26キロの予定です。


氏家の瀧澤家住宅
土蔵造二階建ての屋根に望楼をのせたユニークなつくり。
明治の実業家で貴族院議員だったセレブのお宅だそうです。



f0211837_141504.jpg無風快晴。でも寒い!
山中の古道では、雪がかなり残っていました。

喜連川宿を過ぎ、
佐久山宿に着いて、ビックリ。

厠に那須与一です!
那須与一は、当地が生んだスーパーヒーローなのですね。

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    箒川、岩井橋からのぞむ那須連山(?)

f0211837_14374045.jpgそれほどヘロヘロになることもなく、大田原宿 到着。

シンボルの金灯篭

ここで、少し考えてしまいました。
ほんとうは日帰り温泉に寄ってから、バスに乗り、4キロほど離れたJR西那須野駅に向う予定でした。でもバス停が見つからず、運行状況が分かりません。
時間は充分。体調も良好・・・。
予定変更です。このまま旧街道を6キロほど進んだ後、街道をはずれて4キロ、新幹線・那須塩原駅まで走ることにしました。10キロは簡単ではありませんが、こうすると次回がラクになります。
入るはずだった温泉を右手に見やり、再出発です。


・・・・・・・・わがジンセイをふりかえるに。
こうした前向きな変更をした場合、必ずと言っていいほど、不吉なことが起こります。
が、しかし。今日は、あまりに順調、あっさりと那須塩原駅に到着。

さあ、お疲れさん、でお食事です。
那須塩原駅って、かなり寂しいとこですね。コンビニ、商店ナシ。食堂2軒。
少しフンパツする気分でレストラン、「ステーキBセット ¥1.450」をオーダー。

f0211837_1525587.jpgこれが凄かった! 薄い、硬い、不味い、の3拍子!!
そりゃ値段が値段だから、那須牛が出るとは思いませんけど・・・それにしても、です。
とくにその硬さたるや、「こりゃ牛じゃなくて、像の足の裏か?」と思ったほど。
おまけに食べ終わるやいなや、爪楊枝でシーハーする間もなく、「お下げしてよろしいでしょうか」。
いくら乗車間際のお客相手とはいえ、これはちょっと・・。
ま、ある意味インパクト大、忘れられない思い出の食事になりました。

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           駅で買った自分土産。
           ブルーベリー・ヨーグルトと
           とちおとめマフィン



           今回の走行距離/ 初日・約18㎞
                        2日目・旧街道32㎞ + 駅まで4㎞の 計36㎞
                   合計・約54㎞
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# by toukai53 | 2013-02-11 17:03 | 奥州街道