静岡・神奈川・東京にお住まいの多くの方がカン違いされていると思うのですが、旧東海道は名古屋から、岐阜・関ヶ原・米原と、北上はしません。三重に南下します。そして鈴鹿峠を越え、びわ湖に至る、というのが五十三次のルートです。誤解の原因は、きっと新幹線(JR)。エラソーに言ってる僕も、この旅の前は、北上と信じて疑いませんでした。
名古屋・熱田神宮前の宮宿から、当時は「七里の渡し」で 桑名宿 。今は船便はないのでJRを利用。 11月5日、今にも降り出しそうな曇り。 その桑名・七里の渡し跡から見た長良川河口堰。大きな話題になった年か翌年、あそこから自転車で川をさかのぼったことがあります。間近で見た河口堰は、恐ろしく巨大でした。 川は護岸され、昔の面影は見つかりませんが、舟だまりは健在。 このあたりの旧街道は、小粋な感じの料理屋さんが並んでいて情緒がありました。 時おり現れる古い家を楽しみながら進んで、四日市宿。 あれまッ、ごらんのアーケード商店街が 東海道だって! ちょっと笑えますね。 その写真を撮っていたら 「どっから来たの?」 商店街の入り口、諏訪神社前の吉田酒店さん。 話を伺って驚きました。ご主人で4代目! 創業は、なんと文久年間!! マジに龍馬や高杉、維新の志士たちがここで一杯やったかも!? (「その手は桑名の焼きハマグリ」 がツマミ?) 静岡からです、と答えたら 「天浜線でユリカモメにエサをやりに行ったことがあるよ。すごい数だね」 ・・・・・知りませんでした。三重県人に教わる静岡県人。 もともとのプランでは今日はここまで。しかし天気を考え昨夜の段階で、次の宿まで進んでおくことに変更しました。 まったく、と言っていいほど、「東海道」の公的な道路標識がありません。しかし一般のお宅の玄関や軒先に、手作り・親切な案内版が・・。嬉しくもあり、寂しくもあり。 石薬師宿 の象徴、「石薬師寺」。 お地蔵さんが、大学時代のサークルの部長・K君にそっくりだったので、フレームに。 JR・***駅に着くと同時に、雨。同時に、電車。 ザックから財布を出し、小銭を握って自販機、では間に合いません。 熱い駅員さんでした。 「切符はこっちで出す。あんたは千円札!」 新幹線なんかの時の立派な切符と、お釣りを手渡してくれ、ギリギリ・セーフ! ホッ!! でも冷静になってみれば、最終電車でもないし、1時間待てばOKだったんだよな・・・・熱い駅員さんには感謝! 四日市まで戻り、寅さんが泊まっていそうな旅館へ。 明日の天気は・・・・・大雨・雷! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11月6日、朝6時。夜降っていた雨はやんでいます! 一番列車で、きのうの***駅に。 熱い駅員さんは熟睡していて、改札はフリーパス状態でした。 ほどなく 庄野宿。 広重の描いた 「白雨」は印象的で、ここで降られるならシャレになるなあ、なんて昨夜は考えていましたけれど・・・もちろん降ってなくてラッキー! 小さな宿ですが、当時の面影を伝える家が、ポツリポツリ。 まだ夜は明けたばかりです。 次の 亀山宿 では、古い町並み以上に楽しみにしていたものがありました。 城跡。天守閣こそありませんが、「男はつらいよ」だったか違かったか、映画で見た石垣と多門櫓が風情・哀愁に満ち、いつか訪れたいと念願していたのです。 宿場中心を急ぎ足で抜け、お巡りさんに場所を確かめ・・・さあ、着いた。 えええ~! 工事中!! 多門櫓は工事用シートに覆われ、石垣には無粋な足場・・・。 足場をかわし、かろうじて撮れたのが、この写真です。 場所は忘れましたが、前にもこんな経験があります。 皆さん、歴史的建造物を狙って観光するなら、事前確認を・・・。 今回の終着宿は、関宿。 東海道では、古い町並みが最もよく残されているとガイドブックに書いてあります。 今日は、ちょうどお祭りでした。 往時の面影を充分に残した町並みに、雅でいなせな山車が引かれていきます。最高の偶然でした。 この関宿では、女性とお会いする約束が! 水口、やる時ゃやります。 この関宿にお住まいの、高楠さん。 10月8日、吉原宿でのシンポジウムで知り合い、来たら訪ねるように言われていたのです。 お祭りのお料理づくりで大忙しにも関わらず、お時間をとっていただいたうえに、お土産まで! 本当にありがとうございます!! 地蔵院・愛染堂前で。 さあ、1週間後は難関・鈴鹿峠ごえ。この関宿から出発です。 静かな宿場の写真は、その時に撮ろうと思います。 今回の走行距離 (5日/約28㎞、6日/約13㎞) 計/約41km ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 専用ブログのおまけ写真 まだごくごく一部でしたが、桑名・四日市では、旧東海道は他の道路と違った舗装で、区別されていました。舗装ですから車にも支障はないし、歩く人にも親切。日本橋から京都三条大橋まで、こんな感じでつながったら嬉しいですね! 関宿の高楠さんからいただいたお土産。関を代表する銘菓・「関の戸」。 マジに知人に買って帰るつもりだったので、2重にラッキーです! ブログ用に写真だけ撮るはずが、どうしても食べたくなってしまい・・・たいへん上品なお味でした! #
by toukai53
| 2011-11-07 20:19
| 旧東海道
鰻ときいて、まず思い浮かべるのは浜名湖でしょうか。ついで吉田。
しかし、我らの地元・三島も、負けじと鰻が美味な街。 三島は、鰻の産地ではありません。なのに、なぜ美味いのか。それは、仕入れた鰻を、 冷たい富士山の湧き水 でしめるから、だそうです。 たしかに市内には、美味しいと評判の店が数多いですね。最近ではメジャーになり、休日には行列ができたり、大型観光バスがど~んと来たり。 ま、僕は鰻といえばマーケットの中国産が基本ですけれど、それでも年に1・2回は専門店へ、心臓バクバク、つんのめりながら向かうことがあります。 その時の大本命が、三島本町交差点近くの「高田屋」さん。 僕らの本拠地・「音楽館プローベ」の近所ってこともありますが、とにかく良心的で安心して楽しめるとこが気に入っています。 鰻の養殖が始まったのは明治30年前後らしいので、龍馬が食べたかは分かりませんが(天然理心流の近藤勇は食べた??)、今日の東海道の旅には欠かせない味ですね。浜名湖、吉田、三島・・・京の都や、花のお江戸も含め、その味わいを比べてみるのも一興かと思います(路銀が潤沢な方のみ。貧困系の方は素直にあきらめましょうね)。 そういえば、御油宿近くでお会いし、先日三島で再会した笹山さん。静岡県ではポピュラーな中華ファミレス・チェーン「五味八珍」の、ラーメンの味比べをしてきたそうな。 「チェーン店でも店によって、かなり味が違いました」 そうですか・・。 「磐田店が一番!」 笹山さんは力強く言い切りました。 #
by toukai53
| 2011-11-02 21:30
| 旧東海道
ちょうど松屋の牛丼・大盛り(420円)を食べてる時でした。
携帯。 10/8、御油宿の近くで出会った五十三次の旅人・笹山さんからです。 「ただいま三島」。 笹山さんは、御油から東に向かい富士川まで来たところで、所用のためいったん東京のご自宅に帰宅。そして再び歩き始め、今日三島に着いたというのです。 僕が推薦した、吉原宿・鯛屋旅館吉原本宿にも寄ってくれたとのこと。 タイミング悪く、僕のクルマがイカレたとこでしたが、しばらく待ってもらって、代車で駆けつけました。 いやあ、嬉しいですね。 本当に連絡してくれるとは思っていませんでしたので。 この日の三島は夜のしまいが早く、色気のないファミレスでしたが、旅の話は尽きません。 途中から三島ホタルの会・会長 も参戦して、大盛り上がり。 思わぬ、五十三次・勝手にサミットとなりました。 箱根西麓 PHOTO・志むら遊酔 #
by toukai53
| 2011-10-29 09:49
| 旧東海道
10月22日、朝。岡崎は、重たい雨です。前回は思わぬ美女2名との遭遇もあって、岡崎は最高の印象。とくに乙川が気に入り、街道に出る前に河原をジョグしようか、と思ったほど。
まあしかし、空をうらんでも仕方ありません。出発です。 特産の八丁味噌蔵を抜け、東海道三大橋の一つ、「矢作橋」を渡ります。 上下、新調したカッパ。トラックの水しぶき。 幸い雨は徐々に勢いを失い、1時間くらいで止みました。重苦しい曇天とはいえ、今日は一日雨と覚悟していたので、ドナタかの日頃の行ないに感謝。 松並木で有名な 池鯉鮒(知立)宿。 歩道橋を連続して昇り下りしているうちに道に迷ってしまいました。 「どこ行きたいの?」 散歩中の男性が声をかけてくれました。 「なんだ、毎日走ってる道だよ」 地元の市民ランナーでした。 森久士さん、63才 (あとで調べたら、ものすごく著名な税理士さんでした)。 ガンを2度克服。59才からリハビリを始め、その一環で「東海道」「中山道」「四国八十八箇所」「千国街道」を、徒歩+自転車で制覇。去年からランニングを始め、今年の12月、ホノルルで初のフルマラソンに挑むそうです。 ここを真っ直ぐ行くでしょ、で、右に折れて、ガードをくぐって・・・ 「そうだ、旧街道まで、一緒に走りましょう!」 伴走をかって出てくれたのです。 でもしかし、森さんの速いこと! ご覧の通り、走るカッコウはしてないのに、キロ5分を切るペースでとばします。約2㎞。ついていくのに必死でした。 ホノルル、がんばってください! 結果を知らせてくださいね。 知立・了運寺の前で出会った 鶴田さん。名古屋市在住の70才。 安城市で行なわれたウォーキング大会の帰りだそうです。 ウォーキング大会のあとに歩きですか? 合計すると・・・ 「30キロくらいかな・・」 ! 日本の皆さん、この国のベテラン諸氏は元気であります! 高度成長をけん引してきた 人生力 の密度は、ハンパじゃありません! 境橋を渡れば、尾張の国 。 桶狭間古戦場跡。 別の場所にも同様のものがあるようです。「本家」と「元祖」みたいなものかな? でも、あの有名な「桶狭間」の正確な場所が不明というのは意外でした。 間の宿・「有松」です。「有松絞り」で有名だそうですが、ぶっちゃけ僕は知りませんでした。 古い町並みが、なんとも自然なカタチで残されていて、嬉しくなりました。 有松には3台の大きな山車があり、うち1台がこの山車会館に展示さています (200円。土日祝のみ開館)。 ガイドの加藤さん。朗らかな表情と情熱こもった語り口で、この有松に深い愛情をもたれていることが伝わってきます。 他の見学者も、加藤さんの名解説を絶賛。 ゆっくりしていたかったけど、そうもいきません。これから 地元・三島のFM局 ボイス・キュー に電話出演です。 今12時を少し回ったところで、放送は12時45分から。この町から中継したいとは思ったけど、30分以上停滞するのは、ちょっと・・・。後ろ髪(ありませんけど)引かれる思いで、山車会館を後に。 でも、10m行った所でストップ。 ・・・コンビニの駐車場なんかで話をしたって、聞く人には何のトクもないな・・。それより、いまいちメジャーではないこの有松の、アナ場的な素晴らしさを伝えた方が、少しは役に立つ。ゴールが30分遅れたって、どうってことないわけだし・・・。ここに留まることにしました。 12時45分。携帯が鳴りました。 「♪ 時代と時代の交差点~」 僕たちの「私説・三島音頭」が流れます。 「もしもーし、水口サーン!」 小坂マッチーの明るい声。 まさにその時です。曇天の雲が切れ、まさかの陽射しが降ってきたのです! まるで生放送に合わせてのスポットライト。見上げれば、いきなりの青空。 ウソみたいですけど、ほんとの話です。こんなこともあるんだなあ。 この日、晴れたのは、結局この10分間だけでした。 放送終了後、再び山車会館におじゃまして、今度はビデオを拝見しながら、ゆっくり祭りのこと、町のことを伺いました。山車は、字を書くからくり人形。また有松は約40年前、木曽の妻籠や白川郷とともに日本で最初に「町並み保存運動」が始まった所なんだそうです。 * なお山車については、後ろの「五十三次専用ブログ・おまけコーナー」で、上から下から後ろから、詳しくレポートしています。どうぞ、ご覧ください。 古い家並みを2・3枚撮ってあっさり進む予定が、結局2時間近くウロウロしていました。 同じ静岡県、吉田町から町内会のご旅行で来られた皆さん。岡部宿の歴史資料館に関わった方もおられました。 写真を撮らせて、とお願いしたら ある方は、「指名手配のヤツはいないだろうな?」 別の方は、「やべえな。オレ、会社にウソ言って休んじゃった・・・」 これから、西浦温泉へ向うそうです。 鳴海宿。 青年団らしき人たちが、祭りの山車の倉庫で作業していました。 このあたりは祭りが盛んという印象です。 祭りのない地区で育った僕には、うらやましい思い。 禅宗独特の建築が見事な、瑞泉寺。 本日のゴールは、熱田神宮門前の 「宮宿」。 ここは、「七里の渡し場跡」。 桑名宿まで、当時は名前の通り、七里の船旅だったそうです。 地図を見ると、驚くほど埋め立てが進んだのが分かります。 ・・・・・・・・・・ せっかくの名古屋です。街をブラつき、名物も食べたいところ。 中日新聞のS男性記者さんから勧められたのが、 庶民の街・大須。 名古屋唯一の寄席、「大須演芸場」は開演まで時間があり、断念。 日本最大のリサイクルショップ・コメ兵 で、ギターの弦を購入。次の土曜・29日、三島プラザホテルでのライブは、コメ兵で買った弦です! 名古屋名物と言えば・・・途中で道を尋ねた妙齢の女性は、「ひつまぶし、だがね」。 でも路銀が心配。 で、S記者推薦、栄の元祖みそかつ丼 ・「叶」へ。 元祖ということで、著名人の来店写真も多数。 しかしながら、どうやっても自動では開かない自動ドアとか、「イラッシャイマセ~」が東南アジアなまりの女性店員とか、かなりディープな食堂でした。 味の方は、質実剛健、ガツーンとストレートで僕好み。ありふれた言い方ですけど、庶民のスタミナ源といった感じです。ただし、かなり濃い! 本日の走行距離/約32㎞ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 専用ブログのおまけコーナー・「有松の山車」 有松には3台の山車。うち2台は、字を書く“からくり”です。 この「布袋車」は、なんと1675年のもの! 字を書くのは、最上段・一番前の人形。 ビデオを見せてもらいましたが、本当にスゴイ! 必見!! 後ろに鎮座するのは、布袋さま。 この山車には、1本の釘も使われていないというからビックリです。 3台の山車が揃うのは年に1回。 10月の第1日曜日、お祭りの時だけだそうです。 (左の写真は、観光パンフレットの複写です) 山車会館の2階から撮影 ガラス越しなので見難くてゴメンナサイ。 後ろからです。 ここで笛や太鼓です。 なおここは、女人禁制。 ガイドの加藤さんも上がったことないそうです。 わかりにくいと思いますが、 畳の所から人形を見上げて。 左下にカラクリの綱が見えますね。 これが、人形が書いた字 (コピーをいただきました)。 「宝」 お見事! #
by toukai53
| 2011-10-24 20:11
| 旧東海道
「東海道五十三次」と聞いて、たいていの方がまず思い浮かべるのが、歌川広重の浮世絵でしょう。僕もそうです。
この旅で寄ったほとんどの宿で、広重の絵が掲げられていました。他の絵師(画家)が描いたものもあるだろうに、きまって広重。考えてみれば、ものすごいことですね。 (まあ僕などは、北斎の「富嶽三十六景」とゴッチャになることもしばしばですが・・) 象徴の「日本橋」を除けば、僕が一番好きなのはこの 「箱根」。 地元ってこともあるけれど、まさに天下の険!って迫力が素晴らし嬉しい。 現在の箱根は、めいっぱい開発が進んでいるとはいえ、雨の日にクルマを走らせた時など、この山の厳しさを感じることがあります。ただ甘いだけの山じゃあありませんヨ。 これも大好きな絵です。 「蒲原」。 雪の降り積もった姿は、現在ではありえません。 江戸と平成では、景観が変わったのは当然ですが、この絵は気候の変化まで伝えてくれます。 静ひつな雪の夜――。 さあ、土曜日(22日)は、岡崎~宮(熱田神宮)です。天気予報は、雨! 岡崎・矢作橋を渡り、池鯉鮒(知立)宿、鳴海宿、そして熱田神宮の宮宿まで、約32㎞。 雨でも何でも進まにゃなりません。 だって、ボイス・キュー(FMみしま・かんなみ)の ラジオ生中継 があるのです! パーソナリティ・小坂マッチーの、「キャプテン、今どこですかあー?」 に、 「え? 家ですよ」 じゃあ、シャレになりませんから。 (お昼の12:45くらい。静岡県東部の方、どうぞよろしく!) これは8/6、再スタート直前に出演した時の 放送後。まっさらなゼッケンを嬉しそうに・・・。 台風の中進んだ、9/4・「島田~掛川」では、100円ショップのカッパで失敗しました。今回はさっき、スポーツ屋さんで、ちゃんとしたレインスーツを購入。これで、大丈夫。 (でも一番安いヤツ!)。 #
by toukai53
| 2011-10-20 20:51
| 旧東海道
|
カテゴリ
以前の記事
2019年 12月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2014年 03月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 02月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||