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日光街道・初日 「日本橋~越ヶ谷+α」

4月29日、日本橋。快晴の朝・8時。
GWということもあるのか、“ご同類”と思われる方の姿がチラホラ。
d0242207_6253482.jpg右・定年後に自転車を始めた、横浜のYさん。今日は、まずここ日本橋を目的に、その後は都内をブラリ走る予定とか。

左・川越街道に向うランナーのTさん。笑ってしまったのは、このTさん、僕たち「ラリアート恵水」が先日お世話になったばかりの、伊〇箱〇鉄道の関係者だったこと。世の中、狭い!
営業ライブ・「水口、色香に壊れる」
「三島宿へも、ぜひおこしください!」
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お決まりの「道路元標」を踏んで、さあスタートです!



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寄席ファンの僕には、お気に入りの浅草。馴染みも馴染みの雷門ですが、この門前が日光街道とは知りませんでした。



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気温は高めだけど順調に北上して、
「泪橋交差点」。
泪橋といえば・・・・



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「ドヤ街探索」が趣味の僕は、ここ山谷にもたびたび来てますが・・・最近は、海外からのバックパッカーと「あしたのジョー」で街おこしを進めているもようです。
グッドナイト・アイリーン
「あしたのジョー」は僕の“青春の書”。今でも全巻持ってます。
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山谷からすぐの南千住で、カメラ片手に待っていてくれた方がいます。
作家であり、放送系専門学校講師の清田予紀さん。
友だちのいない僕には貴重な方です。


後ろのスカイツリーが見えますか? 
もうすぐオープン。

photo.by.kiyota
(ご本人の姿は非公開)


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南千住の回向院は、かつての小塚原刑場跡。
「解体新書」の腑分けが行なわれた場所でもあります。

吉田松陰や橋本左内etc.有名な人物のお墓も多数ですが、
このお墓は・・・・なんと 鼠小僧!
(右側の俗名をご覧ください)

実在してたとは知りませんでした。


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今回使った、「五街道ウォーク」発行の巻物地図。
これ、抜群です!
迷いやすい箇所は親切丁寧。解説も的確。市販のガイドブックの倍値ですが、その価値は十分!


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隅田川を渡って 北千住。

日光街道、最初の宿場です。

ここは、松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った場所なんですね。
矢立初碑がありました。



荒川を渡ると、大きな見所はなく、淡々と進みます。

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草加宿。
さすが「草加せんべい」の街。いたるところにお店があり、かなりビックリでした。

ここは実演販売のお店。
お話を伺いたかったのですが・・・買う気はなかったので・・。

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草加の松並木。
綾瀬川ぞいに140本が現存しています (かつては778本もあったんだって!)




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日光街道沿いに、古い家並みはほとんどありませんでした。

それでも、ごくごく稀に出くわすことが。

これは 越ヶ谷宿 のあたり。


本日のプランは越ヶ谷(約26㎞)+α。音楽が多忙で全く走れてないし、このあと約束もあるので無難な設定。

気温は高いけれど疲れもなく快調だったので、30㎞まで東武線沿線を進むことに。

d0242207_7505942.jpgところが28㎞を過ぎて、急にガクッ。 練習不足?脱水?

ほぼ30㎞。「せんげん台駅」に着いた時は、ジョーのクロスを浴びた鼠小僧の心境でした(?)



本日の走行距離/約30㎞
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by toukai53 | 2012-04-30 06:44 | 日光街道

日光街道・ 「少しでも北へ」

d0242207_19382760.jpg姫街道を終え、のんべんだらりとしていたわけではありませんが・・・
ようやく、次の街道へ!
日光街道
二十一次・約148キロメートル。

4月29日朝、日本橋を出発です。

とはいえ現在、音楽の方が相当に忙しくて!
そのあといつ走れるか、見通しが立たない状況。

ザ☆楽団ラリアート

でも まずは一歩! 
一歩踏み出さなければ何事も始まらないのが、世の道理。
時間のとれたとき、ほんの少しでも北に向かい、「日光」 その神の地を目指したいと思います。


今回の旅に、優れものを入手しました。
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「五街道ウォーク」というところが販売している地図です。
旧東海道・姫街道とも、地図には苦労しました。旧街道は地図なしでは進めません。しかし市販のガイドブックは、写真はキレイでも、道を探し探し歩く旅にはまったく不向きでした。まして走って進む僕には・・。(歩くようなスピードですけどね 037.gif
その点、この巻物状地図は、曲がり角など的確に書いてあるようで、頼もしそう!
まあそのぶん¥3,200円と高価ですが・・・そのくらいの投資は、由緒正しいビンボー人の僕にだって。

とにもかくにも29日に出発。どんな素晴らしいことに出会えるか、今からワクワクです。
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by toukai53 | 2012-04-26 20:14 | 日光街道

街道、いま昔。「原」

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13番、原宿。旧街道にかわり、新幹線・国道1号・東名高速、現代の大動脈が東西を往きます。
そして本日 2012年4月14日、新東名開通。

かつての面影は消えても、雄大な富士と愛鷹の眺めは、当時のままです。
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by toukai53 | 2012-04-14 16:37 | 街道よもやま話

満開! お花見ジョギング

名物の一つにあげられるほど、三島は桜の美しい土地です。
青空の下、お花見と練習を兼ねて、市内の桜の名所をジョギングで巡ってきました。

基点は、一番有名な 三島大社。
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東へ進み、箱根の上り口。三島大社とともに2大メジャーの 「国立遺伝学研究所」、
通称・イデンケン の桜並木です。
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所内にはソメイヨシノの研究のため全国から集められた、実に260系統!の桜が植えられていて、年に1日だけ、この時期に公開されていいます。「ミシマザクラ」は、ここで生まれました。


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旧街道からは少し南側。箱根の山をトコトコノロノロのぼって行きます。

玉澤妙法華寺。



迂闊なことに、この季節に訪れるのは初めて。
併設の老人ホームには、何度も演奏会に来ているのですが。





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帰りは、周辺をぐるっと回って約15㎞、再び三島大社です。

まだ9時前だというのに、桜目当てのお客さんで大賑わい。
高級カメラを構えた方々も、大勢いました。


往時の旅人は、満開の桜を見て、何を思ったのでしょうか。
龍馬は? 高杉は? 西郷は?
古い時代に思いを馳せ、想像を遊んでみるのも、また一興かもしれません。


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三島大社の前から西に延びている大通りが、かつての東海道です。

この大通り商店街の街灯には、「五十三次」をイメージした現代影絵が掲げられています。五十三次+日本橋と京都で、計55基。写真は、「丸子宿」 です。

旧街道沿いに当時の建物こそ残っていませんが、伝統・文化を大切に思う心は、今も深く根付いています。




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その街灯の下部には、色とりどりの花。

いま三島は、街じゅう花で一杯です。
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by toukai53 | 2012-04-09 19:58 | 三島いいとこ

広重は、ほんとに見て描いた? 沼津宿

僕は現在、「三島宿いいものPR大使」 の大役を仰せつかっていますが、出身そのものはお隣の沼津です。
沼津は往時の面影はまったく残っておらず寂しい限りですが、やはり気になる所。
今日も何気に広重の画を眺めていたところ・・・あれえ?
広重は、本当に沼津宿に来て、
これを描いたんだろうか?

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某美術出版社の解説によると・・・ 「沼津 黄昏図」
「夕闇が迫り月も昇り始めた頃、沼津の宿に急ぐ親子連れの巡礼を描いた作品です。猿田彦の面を背にした金毘羅詣の旅人も狩野川沿いの街道を足早に後に続きます。物の哀れの風情は、この絵を傑作の一つにしています。」


沼津付近の旧東海道は、狩野川の (上流から見て) 右側=北側です。ということは、この絵は三島から沼津へ、西を向いて描いたことになります。
時刻は夕方。満月は太陽と正反対の方向なのですから、この時間は当然、東ですよね。レレレ??
昔のお日様は、西から昇って東に?・・バカボンじゃあるまいし。
?????

そういえば、京都だったか岡崎だったか、石の橋脚が木製で描かれている、なんて解説文を見た記憶があります(逆かもしれません)。
たとえば、写生中に雨が降り出し、続きを旅籠で描いてるうちにカン違いした、とか。
たとえば、あくまで「絵」なのだから、写実にこだわらず創作を加えた、とか。
極端、実際には訪れないで描いたとしても、広重・五十三次の価値は変わらないと思っています(写真のない時代だし)。
d0242207_1642118.jpgだから 
善意のアラ探し
鑑賞の楽しみが一つ増えた、といった感じでしょうか。



現在の姿。広重の画は、たぶんこのあたりからだと思います。
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by toukai53 | 2012-04-01 16:42 | 街道よもやま話