<   2011年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧

その21・大津~京都 「オシマイは自分らしく」

「東海道五十三次ひとり駅伝」、最終日です。11月26日、大津は快晴・無風。
さあ、京都三条大橋へ向って走り出す・・・前にお会いする約束の方がおります。
ほんとうにこの旅は、走ってるよりしゃべってる方が長い旅でした。でもそれは、嬉しい誤算!

f0211837_19191942.jpg大津・膳所にお住まいの堤さんご夫婦。
8/12、吉原(富士)宿でお世話になったお薬屋、「望月しょうせいどう」さんのご親戚です。
いにしえ香るたたずまいのお宅。さすがに江戸時代ではありませんが、昭和初期のものだそうです。

お二人は、京都大学の図書館にお勤めの時に職場結婚。
現在は、ご主人が「主夫」、奥様は花園大学の教授をされています。

写真が趣味のご主人。大津の古い街並みを撮られた写真集を見せていただきました。そうです、大津は意外なほど古い家が残っているのです。

奥様は、大学で司書育成の講義をされるかたわら、西洋式工芸製本にも精通され、その技術継承に力を注がれています。
「和紙の文化を残したいですね・・。製紙の街・富士市が故郷だからかも」、やさしく微笑まれました。

f0211837_1917573.jpgご主人から、大津のお城に関する面白い話を伺いました。
大津には家康築城の膳所城より前に、大津城が存在したのですが、そのあたりの流転がスゴイ!
スタートは明智光秀築城の坂本城。それが廃城になって、大津城に。関ヶ原の前哨戦・大津籠城戦でも残った天守閣は移築され、それがなんとあの彦根城! そしてその他の部材を使ってつくられたのが、当地・膳所城というのです。
                                      膳所城跡公園
へえ~と驚く僕に、ご主人がニコッ。f0211837_19213172.jpg
「ま、リサイクルやな」
座布団一枚!

一般的に紅茶で使う「フレンチプレス」で、いれてくれた自慢のコーヒーを頂いて、さあ本当に最後の走りに向います。



逢坂を越え、山科へ。ここは分かりにくいと聞いてはいましたが、想定以上。国道から旧東海道への道を探りあてるのは、超能力レベル。
実は、1週間前に大津宿まで走った時、下見に来ています。最終日の今日、有難いことに三島宿のラジオ・「ボイスキュー」がゴールの瞬間を中継してくれるので、迷子になるのは避けたかったからです。
それでも本当にこの道か、不安に。

f0211837_19241022.jpgそこに登場したのが、アメリカ人&日本人のご夫婦。
ザックの「ひとり駅伝」のゼッケンを見て、「面白いもの付けてますね」

ご主人はアリゾナ出身。錦鯉を飼うほどの親日家だったそうで、京都で奥様と出会い、日本で暮らすようになるのは必然だったかも。
「コノ道デ、イイデス。三条ニ着キマス」
都への道を、アメリカ人に教わる日本人!

紅葉が美しい最後の上りを終え、あとはひたすら三条通りを下って行きます。下り切ったところで、何度も写真で見た、欄干の擬宝珠が見えました。
着いた・・・。
ホッとしたのも束の間。盲点に気づきます。 信号!三条大橋の手前は、大きな交差点で、当然ですが信号があるのです。
ボイスキューとの生中継。
「いま、どこですか!?」「赤信号です」 じゃ、シャレになりません (あとで思うと、これも面白かったかも)。

f0211837_19261668.jpg仕方なく大きく迂回し、鴨川沿い、信号のない歩道へ。
そこでケイタイが鳴りました。
「もう三条大橋は目の前です」と答えたはずです。
京都の方が、橋の上で僕を待っていてくれます。サプライズの黄色いゴールテープ!

両手を力強く広げてゴール・・・するつもりが右手は携帯電話。
ややや・・。結局マヌケなタコ踊りみたいに、中途半端なかっこうのゴール。でもまあ、それも僕らしくていいかな、と。
                                  大学時代の友人から託されたタスキを

ゴールの時、「492kmが1本につながりました」と言ったはずです。
これは願いも込めて、です。
現実の旧東海道は、ごく一部ではありますが、寸断されたり無視されたりしている所もありました。僕にはそれは悲しいことでした。
極めて重要な歴史文化遺産である旧東海道を、誰もが気軽に歩き、楽しめ、そして大切なものとして1本につなげてほしい・・そんな気持ちでいっぱいです。

「おめでとうございます!」、拍手。ヤンヤヤンヤ。
ボイスキュー・小坂真智子さんの声に、あれえ、ノイズ? 妙な声が混じります。
! あ、やりやがった!!
メンバーのエミーさん・ハンセン君がスタジオにいるのです!

f0211837_19264061.jpg


たしかに冗談で、そんな話はしたけれど・・・まさか本当にやるとは!
まあしかし、ライブの時と同じように、みんなでワイワイガヤガヤ一緒にゴールしたみたいで、すごくすごく嬉しい気持ちでした。マッチーの配慮に 感謝!

f0211837_19273434.jpg京都で迎えてくれた篠原さん(右)と、ミンさん。
篠原さんは、女性の起業家支援事業や地域おこしに奔走されている方。三島ホタルの会・志村会長のご親戚であり、またこの春 「グランドワーク三島」の研修に来られるなど、初対面ながら浅からぬ縁があります。

スタッフのミンさんは韓国から。ITの達人で、今日もスマホを駆使しナビ役になってくれました。
都の道を、韓国人に教わる日本人たち!



・・・・・・・・・・・・・

ここまでは良かったのですけれど・・。
f0211837_19281486.jpg本日の京都は紅葉のピークで、京都人もビックリの人出。それでもお寺の一つくらい見て帰りたいもの。郊外の「鞍馬寺」なら少しは空いてるだろうと、足を延ばしたのですが・・・・ここも人・ひと・ヒト! 
帰りの電車も大行列で、乗るまでなんと1時間! 最終の新幹線も際どくなり、夕飯も食べられないまま、京都駅構内を全力疾走。そのスピードは、駅伝本番よりはるかに速いものがありました。
最後の食事くらい、ささやかなゼイタクをして余韻にひたろうと目論んでいたのに・・・結局いつものドタバタ。でもまあ、それも僕らしくていいかな、と。


本日の走行距離/約12㎞ (京都駅構内は含まず!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
専用ブログのおまけ写真
d0242207_20404471.jpg

どのガイドブックにも書いてありませんでしたけど、ここ三条大橋は「駅伝発祥の地」なんだそうです。
知らなかったなあ。てっきり、読売新聞社前だと思ってました。





d0242207_2043582.jpg
お昼は、篠原さん・ミンさんにご馳走になりました。
上の白く見える2つは、「鯖のかぶらずし」。京北町の“町おこし御飯”です。京北町でとれたお米を使い、女性だけでつくっているそうです。もちろん添加物ゼロ。
今日の午前、篠原さんたちが取材に行き、買ってきてくれました。



d0242207_20523834.jpg

三条大橋の擬宝珠。橋はコンクリートになりましたけど、これは往時のまま。
コツコツ、たたいてみました。コツコツ、音がしました。
江戸時代の旅人も、同じようにやったかな? 龍馬もやったかな?
きっと、やったと思います。




  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

さてこの「五十三次ひとり駅伝」、専用ブログ。
僕は無事京都にたどり着いたわけですが、こちらは12月23日(祝)の報告ライブ
まで、細々続けようと思います。また気が向いた時にのぞいていただけたら、嬉しく思います。
[PR]
by toukai53 | 2011-11-30 20:35 | 旧東海道

速報! 京都です!!

「五十三次ひとり駅伝」、11月26日ついに京都・三条大橋に着きました。
東京・神奈川・静岡・愛知・三重・滋賀・京都、492㎞が
一本の道でつながりました。


f0211837_9101152.jpg

f0211837_9155198.jpg
応援していただいたすべての皆様に、
心より感謝申し上げます。



最終日、大津~京都のレポートは後日あらためまして。


本日は、まず御礼をば!
[PR]
by toukai53 | 2011-11-27 09:24 | 旧東海道

すべては、ここから。

いよいよ京都が近づいてきました。

この「五十三次ひとり駅伝」、そもそものスタートは、2年前につくったこのCDです。
d0242207_22184717.jpg三島ホタルの会・志村会長と某楽器店でバッタリ。何がきっかけだったか、「情緒ある旧町名が消えていくのは寂しい」という話に。
なら、歌にして残しましょうか、と僕が深く考えもせず答えたところから、結果・6分30秒の歌づくりが始まりました。

旧町名のことを調べるうちに、「宿場町」の面白さに夢中。いつかこの東海道五十三次を走ってみたいと思い描くようになりました。僕はキャリア25年の市民ランナーですから。
ただしそれは、ずっと先のこととして。

ところが、この春の大震災。出場予定のマラソン大会は中止。いまがその時――心にひらめくものがありました。

地元・三島に着くまでは、一人で走って一人で終わるつもりでした。
ところが、志村会長の、「訪ねる宿場宿場で、『人』に会っていったらどうだろう。古くからの住人や、町おこし・家並み保存に尽力する人たちに・・」。
それから、この旅の意味合いが大きく変わりました。
タイトルも、「ひとりマラソン」から、「ひとり駅伝」に変えました。

多くの方にお会いし、お話を伺う――そんな旅は初めての経験でしたが、想像をはるかに上回る楽しさと喜びでした。嬉しい嬉しい誤算です。

そんな旅も、あと一日。
26日(土)、いよいよ京都です。
[PR]
by toukai53 | 2011-11-23 20:27 | 旧東海道

その20・草津~大津 「王手!もしくはリーチ。あるいは大晦日」

f0211837_18195360.jpg11月20日。二日酔いです・・・。
きのう走る予定を、天気のことで今日に変更。かわりに昨夜、欠席するつもりだった中学校の同窓会に。
「早退」する冷静さこそあったものの、楽しくてつい飲みすぎたみたい。
でも気分は上々です。さっき、同級生のM子さんから、「水口ちゃん、ファイト!」のメールが! 中学時代、陸上部に所属していたものの、補欠にすらなれなかった落ちこぼれの僕。試合に出場することもなく、従って応援・声援には無縁だったあの頃・・・。
f0211837_1829647.jpg
前回走り終えたJR手原駅から、午前9時スタート。 ほんの4~5㎞、草津宿の名物 「うばがもちや」。 場所は移転しましたが、当時と変わらぬ繁盛ぶりでした。


「うばがもちや」 今昔


草津宿は、東海道と中山道の分岐点。その道標の説明を読んでいたら、「ここら、もっと分かりやすうせな、アカンのやけど・・」などと言いながら、声をかけてくれた方がおりました(関西弁は、こんな感じってことで・・)。
f0211837_18361099.jpg
草津市在住の小見山さん(77才)。
元・市会議員で、現在は会員70名の「故郷を大切にする会」の会長さん。
12年続けている掃除ボランティアの真っ最中でした。

小見山さんがボランティア活動を始めたのは、16年前に心筋梗塞で倒れたことがきっかけ。
「助けてもらった恩返し、せな」

僕が三島宿からだと言ったら、
「なんや、三島かいな! ワシ、東*におったんや。何度も寄らせてもろうたで」
(東*は、地元を代表する大企業。バレーボールでも有名です)
「奇遇」 というより、「縁」を感じました。中山道への分岐点で・・・。

f0211837_1964038.jpg小見山さんが今奔走してるのが、全国の祭りをこの草津に集めて、一挙公開すること。病気などで遠出できない方に、日本各地の祭りを見せたい、との思いからです。名付けて 「祭り甲子園」。
「その時はぜひ、われら三島の農兵節とシャギリを・・・」とお願いして別れました。


草津本陣。昔のままの貴重な遺跡です。



f0211837_211664.jpg
草津から、大津宿。 瀬田の唐橋へ。   
「壬申の乱」以降、様々な戦いの舞台となった橋ですが、マラソンファンには「びわ湖毎日マラソン」でおなじみです。
僕ら世代だと思い出すのは、瀬古 VS 宗兄弟 VS イカンガー。
ちょっと古いですけど、最近はインパクトのある日本人選手がいないので・・・。

f0211837_21275513.jpg 9月10日、袋井宿「ど真ん中茶屋」で、東海道を実に6回も歩いた方とお会いしました。その方が、「石山は、駅を突っ切るのが本当の道だから」と言っていました。
いちおう駅前のお巡りさんに聞いたところ、「構内を、『道』と呼べれば、だけど・・」。
ガイドブックに詳細が書いてないのは、そのあたりの微妙さがあるのかも・・・。

ともあれ、JR石山駅の階段を昇ります。

f0211837_21343870.jpg

で、この南北自由通路が、東海道・・・・。




f0211837_21454367.jpg

石山駅を出てから住宅地を行きますが、この道が分からない! 

間違えたかどうかも分からないまま 「膳所城跡公園」。紅葉と湖水、近江大橋が美しい所でした。


ここからは旧東海道が判明し、安心して進みます。
今日のゴール、「浜大津」まで、あと数キロ。走りのギアをチェンジ。いえ、余裕があったわけではありません。比叡山から吹く風が冷たく、のんびりジョグだと凍えるのです!
気分は「瀬古」で、スピードを上げます。顔はイカンガーだったかもしれませんが。

f0211837_21542879.jpg


無事、浜大津到着。びわ湖をゆっくり眺めるつもりだったのですが、とにかく寒い!
30年前、ハンセン君と「第一次・ラリアート」を始めた時、最初のライブでやった曲が 
「比叡おろし」 だったことを思い出しました。

京都三条大橋まで、あと12㎞。今日中に行けないこともないのですが、今日はここまで。
26日(土)、「ボイスキュー」がゴールの模様を生レポート させてくれるのです!!
市民ランナーには、なんたる栄誉! 身に余りに余る光栄!!
ですんで、今日はここまで。

さあ、まだ昼メシを食べていない。冷えた体を内から暖めよう。
ここは大津。大津といえば近江。近江といえば、近江牛。牛といえば・・・・僕は、まっすぐマックへ向いました。(真実。チーズバーガー2個購入)


本日の走行距離/約20㎞



058.gif11月26日(土) ボイスキュー(FMみしま・かんなみ)
FM77・7MHz
アバウト12時45分~ 京都三条大橋あたりから生レポートです。
静岡県東部の皆様、どうぞよろしくお願いいたします!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

専用ブログのおまけ写真
d0242207_22525864.jpg

自分の無知をさらけだしますが、僕は松尾芭蕉って「奥の細道」で亡くなったのだと思い違いしてました。

実際は大坂。そしてお墓がこの大津にあったのでした。
それも旧東海道沿い。

d0242207_22575357.jpg義仲寺。

木曽義仲の隣に眠っています。
[PR]
by toukai53 | 2011-11-21 22:45 | 旧東海道

中日新聞・岡崎

10月8日、愛知県岡崎で受けた中日新聞の取材。ずいぶん遅くなりましたけど、その掲載紙が手に入りましたので、ご紹介させてください。
実は、こちらの支社で入手できるものと安易に構えていたところ、地方版はその地方じゃないとダメなんだって。知らなかったなあ。

f0211837_1959139.jpg


f0211837_20454314.jpg岡崎にはこの時はじめて行きましたけれど、伸びやかで美しい街、という好印象です。とくに中心を流れる乙川の眺め。いつかその河原をジョギングしてみたいと思っています。


その16・ 吉田~御油~赤坂~藤川~岡崎 「三河よいとこ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
専用ブログのオマケ写真

岡崎・矢作橋、今昔。
d0242207_214153.jpg
d0242207_2143146.jpg

[PR]
by toukai53 | 2011-11-18 21:01 | 旧東海道

その19・関~坂下~土山~水口~石部 「鈴鹿を越えて」

f0211837_1916227.jpg11月12日。
関宿は雨上がり快晴の朝。歴史の家並みは、しっとり静寂の時でした。

ところで「せきのやま」って言葉がありますね。「ここまでで精一杯」みたいな意味の。
その「せき」って、ここ「関宿」のことなんだと。「やま」は、後ろに控えるあの鈴鹿の山・・・。
さあ、西の難所・鈴鹿峠越えです。
(後日記:関宿にお住まいの方から、「山」は鈴鹿ではなく、「山車」のこととの指摘がありました。詳しくは、コメントをごらんください。)

3㎞ほど緩やかな坂を進んだ所に 坂下宿・鈴鹿馬子唄会館。 

f0211837_1917107.jpg館長の川内さん。
「鈴鹿馬子唄」について、いろいろ聞かせていただきました。へえ~と思ったのは、同じ唄なのに、こちら三重県側と、峠の向こうの滋賀・土山では伴奏が異なるっ、て話。こちらは鈴。あちらは尺八。1曲で2アレンジ。われら「楽団ラリアート」のアレンジ担当・ハンセン君に嫌味たっぷりに聞かせてやろうと思いました。

宝永の世にはすでにあったというこの歌を後世に伝えようと、現在25名の方がこの会館で練習に励んでいるそうです。


実は、10/8の「東海道シンポジウム」で、坂下地区コミュニティ会長の川北さんと知り合い、「ぜひ寄って。僕がおらんでもスタッフに言うとくから」
非常勤の川北会長は残念ながらお留守でしたが、いつかお会いできるでしょう・・たぶん・・きっと・・・。

f0211837_19192759.jpg

途中、ハイキング道に迷い込んだりしつつも、どうにかこうにか鈴鹿峠をクリア!

これは、「追いはぎ」伝説もある鏡岩から見た、現代の国道1号線。


さあ、滋賀県に入ります。


峠道から国道に合流。僕を追い越してったワゴン車が、50m先で急停車。飛び出して来た男性が、手を振っています。f0211837_1921122.jpg
ウソ! さっきの「馬子唄会館」でお会いできなかった川北会長じゃありませんか!
館長から連絡を受け、まだその辺でウロウロしてるだろうから、と追いかけてきてくれたのです!! 国道を行ったり来たりして、僕を探してくれたとのこと。嬉しかったなあ・・・。たった一度、お会いしただけなのに・・。

自称「五十三次オタク」の会長。年に一度のシンポジウムでのお楽しみが、「追いはぎ」。鈴鹿峠の伝説のシャレなのですが、出席された他の宿の方のハッピを頂戴するんだって。現在、15着ゲット。先週の関宿・街道まつりではそのハッピで行列したそうです。

f0211837_19213143.jpg広重も描いてますが、当時の坂下宿には茶店が4軒。会長は、その四軒(しけん)茶屋のうちの1軒、「棒屋」の末裔とのこと。今でも本名ではなく、「棒屋のえいちゃん」と呼ばれているそうです。


会長から、お土産にいただいた鈴。今回の旅の最後まで、ザックの中でチリンチリン、良い音を奏でてくれました。



f0211837_19311797.jpg田村神社を見学して、土山宿。
古い家並みもさることながら、驚いたのは、出会う子供たちがみんな 「こんにちわ!」 と元気に挨拶してくれること。良いですね、こういうの!
今日はこれから地元・三島の ラジオ・
ボイスキュー
 に電話出演。生放送まで1時間以上あるけれど、この土山からに決めました。

  本陣。東海道に残る3つの本陣のうちの一つ。


f0211837_1936405.jpg東海道伝馬館の前で声をかけてくれた藤田さん。土山スポーツ少年団バレーボール部監督。
小6の娘さんに、来年中学に入ったら何部に?と聞いたところ、迷わず「バレー部!」。
藤田さんのお宅は、お父さんも、おじいちゃんも皆バレー部の、バレーボール一家だそうです。

伝馬館は、絶対にオススメの3重丸です。築150年の建物にくわえ、多種多彩、びっくりするほどの展示物。
なのに無料! タダ!!

f0211837_19371390.jpg

熱のこもった解説をしていただいたガイドさん。
あとで伺ったら、さっきの藤田さんのお母さん(おばあちゃん)だって!





f0211837_2050349.jpg12時45分、携帯が鳴りました。ボイスキュー・小坂真智子さんの
「三島は晴れてます! そちらはどうですか?」
マッチーの声はいいなあ。明るい気持ちにしてくれます。
こっちも快晴です、旧東海道は名古屋から南下して鈴鹿を越えるのがルート、その鈴鹿をさっき越えて・・・・そのあと何をしゃべったか、例によって記憶がアヤフヤです。生放送、アドリブに弱いベテラン・・・。

とにかく5分間の出演を終え、電話を切ったところ、間髪をいれずまた着信。我ら「ラリアート」のボーカル・エミーさんです。「聞いてたよー!」
緊張して、うまく喋れなかったと言ったら
「うまく喋れないのはいつものことでしょ。ちゃんとコトバは聞き取れたから、上出来上出来!」
・・・喜んでいいものやら・・・。でもいつもエミーさんには、こんな感じでエネルギーをもらっています。

ともあれ、三島宿の誇る美女お二人と連チャンで電話とは・・・なんたる幸せ!


f0211837_19424851.jpg土山宿から約10㎞走って、
水口宿。 僕はミズグチ、こちらはミナクチ。でも同じ漢字のヨシミで、ずーっと楽しみにしてました。

水口は、宿場であると同時に城下町。

水口城。櫓は復元、石垣はそのままです。

ここでも、シンポジウムで知り合った方を、お訪ねする予定です。「来たら飯くらい食わすから・・・」
聞けば本業はお寿司屋さん! ここは思い切り甘えようと・・・。
f0211837_1944212.jpg探し当てたお店を前にして、仰天! たしかに「寿司」ですけど、婚礼も行なう立派も立派な寿司割烹の有名店だったのです。

「や満平」さん。
創業文久3年! 

当時はうどん屋さん。
「龍馬が、食べたかも」と言ったら、
「そうやな・・」 と、ニコッ!

ご主人・小坂堅氏さんと、店を切り盛りする美しい娘さん。

小坂さんは、元・町会議員。水口城の再建にも尽力されたそうです。
堀の水は、どこからも引いてない湧き水。江戸の築城以来、一度も枯れてない、なんていう貴重なお話も聞かせてくださいました。
f0211837_19452253.jpg
ご馳走になったお寿司。タネも大きく、見るからに美味しそうでしょ! 緊張して撮り忘れましたが、うなぎ入りの茶碗むしも絶品でした!(僕は、茶碗むしフリーク)。




f0211837_19455463.jpgさらに、「晩にお食べ」と、巻き寿司をお土産にいただきました。ご主人みずから僕のために(!)巻いてくれたそうです。名産の干ぴょうを使った巻き寿司。心に染み入る美味しさでした。



今日の一日、本当に 嬉しいことの連続 でした。
信じられない思い・・。
あまりの嬉しさに、なかなか眠れませんでした。

    ・・・・・・・・・・・・・

11月13日。肌寒い朝7時。今日から、長袖のランシャツです。

f0211837_19464444.jpg上は天井川というレトロなトンネルを抜けて、石部宿。

予定では、今日はここまで。でも昨日の喜びが、まだ全身に満ちています。もう少し走りたくなりました。
JR手原駅まで進むことににします。

f0211837_19475252.jpg




        シンボル。旧和中散本舗の重厚な建物。



今回の走行距離/約45㎞
(12日/26㎞、13日/19㎞) 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

専用ブログのおまけ写真

どちらもデカイ!!

d0242207_21243953.jpg
鈴鹿峠のてっぺんにある 
「万人講大石灯篭」。

高さ 5.5メートル!

こんな難所の頂に、このような巨大な物があろうとは!
知っててもビックリしました。


d0242207_21281231.jpg
水口宿と石部宿の間にある 
「横田の渡し・大常夜灯」。

高さ 10.5メートル!

日本一ともいわれる大きさです。これは目立ったことでしょうね!
[PR]
by toukai53 | 2011-11-14 21:22 | 旧東海道

街道に、美味いものあり。その2・「亀山・みそ焼きうどん」

ここ数年来のB級グルメ・ブーム。昔からその土地で庶民に食べられていたモノ、街おこし用に企画されたモノ、様々ありますけれど、安くて美味くて、なんとなく盛り上がれるものならば、カタイことは言いっこナシ。

先日の、「桑名~関」の旅で、見つけたのが亀山・みそ焼きうどん。
d0242207_22194778.jpg


豚肉・野菜が具の、焼きうどん。でも、味付けが 「味噌+焼肉のタレ」 と半ヒネリ。 JR亀山駅前の、いわゆる駅前食堂で食べたんですが、思いのほか美味かったです!(600円)
ある食堂(焼き肉屋?)がトラック・ドライバーに出したのがルーツとか。でもこれなら、各お店で様々にアレンジできそうだし、ご家庭でもいろいろバリエーションを楽しめそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、あした土曜日は、終盤のポイント・鈴鹿峠越えですけれど、途中、わが街・三島のラジオ局・ボイス・キュー に再び電話出演させてもらうことになりました。
前回出演の「有松」では、中継と同時に青空が広がるという “奇跡” がありました。今回は、どんな展開になるのでしょうか? 予定では、鈴鹿峠をかる~く越え、土山宿に向けて快調に走っているはずなのですが・・・。
静岡県東部の皆様、どうぞよろしくお願いします。

11月12日(土)、だいたい昼12時45分~
小坂真智子さんの番組です。
[PR]
by toukai53 | 2011-11-09 22:29 | 旧東海道

その18・ 桑名~四日市~石薬師~庄野~亀山~関 「三重です!」

静岡・神奈川・東京にお住まいの多くの方がカン違いされていると思うのですが、旧東海道は名古屋から、岐阜・関ヶ原・米原と、北上はしません。三重に南下します。そして鈴鹿峠を越え、びわ湖に至る、というのが五十三次のルートです。誤解の原因は、きっと新幹線(JR)。エラソーに言ってる僕も、この旅の前は、北上と信じて疑いませんでした。

f0211837_17324817.jpg名古屋・熱田神宮前の宮宿から、当時は「七里の渡し」で 
桑名宿 。今は船便はないのでJRを利用。
11月5日、今にも降り出しそうな曇り。

その桑名・七里の渡し跡から見た長良川河口堰。大きな話題になった年か翌年、あそこから自転車で川をさかのぼったことがあります。間近で見た河口堰は、恐ろしく巨大でした。
f0211837_17381336.jpg

川は護岸され、昔の面影は見つかりませんが、舟だまりは健在。


このあたりの旧街道は、小粋な感じの料理屋さんが並んでいて情緒がありました。




時おり現れる古い家を楽しみながら進んで、四日市宿。
f0211837_18115681.jpg

         あれまッ、ごらんのアーケード商店街が
         東海道だって!
         ちょっと笑えますね。




その写真を撮っていたら
「どっから来たの?」
f0211837_18132645.jpg商店街の入り口、諏訪神社前の吉田酒店さん。

話を伺って驚きました。ご主人で4代目! 創業は、なんと文久年間!! 
マジに龍馬や高杉、維新の志士たちがここで一杯やったかも!?
(「その手は桑名の焼きハマグリ」 がツマミ?)

静岡からです、と答えたら
「天浜線でユリカモメにエサをやりに行ったことがあるよ。すごい数だね」
・・・・・知りませんでした。三重県人に教わる静岡県人。



もともとのプランでは今日はここまで。しかし天気を考え昨夜の段階で、次の宿まで進んでおくことに変更しました。

まったく、と言っていいほど、「東海道」の公的な道路標識がありません。しかし一般のお宅の玄関や軒先に、手作り・親切な案内版が・・。嬉しくもあり、寂しくもあり。


f0211837_2023829.jpg石薬師宿 の象徴、「石薬師寺」。

お地蔵さんが、大学時代のサークルの部長・K君にそっくりだったので、フレームに。







JR・***駅に着くと同時に、雨。同時に、電車。
ザックから財布を出し、小銭を握って自販機、では間に合いません。
熱い駅員さんでした。
「切符はこっちで出す。あんたは千円札!」
新幹線なんかの時の立派な切符と、お釣りを手渡してくれ、ギリギリ・セーフ! ホッ!!
でも冷静になってみれば、最終電車でもないし、1時間待てばOKだったんだよな・・・・熱い駅員さんには感謝!

四日市まで戻り、寅さんが泊まっていそうな旅館へ。
明日の天気は・・・・・大雨・雷!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

11月6日、朝6時。夜降っていた雨はやんでいます! 一番列車で、きのうの***駅に。
熱い駅員さんは熟睡していて、改札はフリーパス状態でした。

f0211837_20353635.jpgほどなく 庄野宿。

広重の描いた 「白雨」は印象的で、ここで降られるならシャレになるなあ、なんて昨夜は考えていましたけれど・・・もちろん降ってなくてラッキー!


f0211837_20292671.jpg

小さな宿ですが、当時の面影を伝える家が、ポツリポツリ。

まだ夜は明けたばかりです。






次の 亀山宿 では、古い町並み以上に楽しみにしていたものがありました。
城跡。天守閣こそありませんが、「男はつらいよ」だったか違かったか、映画で見た石垣と多門櫓が風情・哀愁に満ち、いつか訪れたいと念願していたのです。
宿場中心を急ぎ足で抜け、お巡りさんに場所を確かめ・・・さあ、着いた。
えええ~! 工事中!!
f0211837_20464088.jpg多門櫓は工事用シートに覆われ、石垣には無粋な足場・・・。

足場をかわし、かろうじて撮れたのが、この写真です。


場所は忘れましたが、前にもこんな経験があります。
皆さん、歴史的建造物を狙って観光するなら、事前確認を・・・。





今回の終着宿は、関宿。
東海道では、古い町並みが最もよく残されているとガイドブックに書いてあります。
今日は、ちょうどお祭りでした。
f0211837_21315664.jpg

往時の面影を充分に残した町並みに、雅でいなせな山車が引かれていきます。最高の偶然でした。

この関宿では、女性とお会いする約束が! 
水口、やる時ゃやります。
f0211837_21442642.jpg
この関宿にお住まいの、高楠さん。

10月8日、吉原宿でのシンポジウムで知り合い、来たら訪ねるように言われていたのです。

お祭りのお料理づくりで大忙しにも関わらず、お時間をとっていただいたうえに、お土産まで!
本当にありがとうございます!!

地蔵院・愛染堂前で。

f0211837_21474968.jpg

さあ、1週間後は難関・鈴鹿峠ごえ。この関宿から出発です。
静かな宿場の写真は、その時に撮ろうと思います。


今回の走行距離 
(5日/約28㎞、6日/約13㎞) 計/約41km



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

専用ブログのおまけ写真
d0242207_20322014.jpg
まだごくごく一部でしたが、桑名・四日市では、旧東海道は他の道路と違った舗装で、区別されていました。舗装ですから車にも支障はないし、歩く人にも親切。日本橋から京都三条大橋まで、こんな感じでつながったら嬉しいですね!





d0242207_20404189.jpg
関宿の高楠さんからいただいたお土産。関を代表する銘菓・「関の戸」。
マジに知人に買って帰るつもりだったので、2重にラッキーです!
ブログ用に写真だけ撮るはずが、どうしても食べたくなってしまい・・・たいへん上品なお味でした!
[PR]
by toukai53 | 2011-11-07 20:19 | 旧東海道

街道に、美味いものあり。「三島の鰻」

鰻ときいて、まず思い浮かべるのは浜名湖でしょうか。ついで吉田。
しかし、我らの地元・三島も、負けじと鰻が美味な街。

d0242207_2130062.jpg三島は、鰻の産地ではありません。なのに、なぜ美味いのか。それは、仕入れた鰻を、
冷たい富士山の湧き水
でしめるから、だそうです。
たしかに市内には、美味しいと評判の店が数多いですね。最近ではメジャーになり、休日には行列ができたり、大型観光バスがど~んと来たり。
ま、僕は鰻といえばマーケットの中国産が基本ですけれど、それでも年に1・2回は専門店へ、心臓バクバク、つんのめりながら向かうことがあります。

その時の大本命が、三島本町交差点近くの「高田屋」さん。
d0242207_21304657.jpg僕らの本拠地・「音楽館プローベ」の近所ってこともありますが、とにかく良心的で安心して楽しめるとこが気に入っています。

鰻の養殖が始まったのは明治30年前後らしいので、龍馬が食べたかは分かりませんが(天然理心流の近藤勇は食べた??)、今日の東海道の旅には欠かせない味ですね。浜名湖、吉田、三島・・・京の都や、花のお江戸も含め、その味わいを比べてみるのも一興かと思います(路銀が潤沢な方のみ。貧困系の方は素直にあきらめましょうね)。

そういえば、御油宿近くでお会いし、先日三島で再会した笹山さん。静岡県ではポピュラーな中華ファミレス・チェーン「五味八珍」の、ラーメンの味比べをしてきたそうな。
「チェーン店でも店によって、かなり味が違いました」
そうですか・・。
「磐田店が一番!」
笹山さんは力強く言い切りました。
[PR]
by toukai53 | 2011-11-02 21:30 | 旧東海道