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うれしい再会

d0242207_9372410.jpgちょうど松屋の牛丼・大盛り(420円)を食べてる時でした。
携帯。
10/8、御油宿の近くで出会った五十三次の旅人・笹山さんからです。
「ただいま三島」。

笹山さんは、御油から東に向かい富士川まで来たところで、所用のためいったん東京のご自宅に帰宅。そして再び歩き始め、今日三島に着いたというのです。
僕が推薦した、吉原宿・鯛屋旅館吉原本宿にも寄ってくれたとのこと。

タイミング悪く、僕のクルマがイカレたとこでしたが、しばらく待ってもらって、代車で駆けつけました。



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いやあ、嬉しいですね。
本当に連絡してくれるとは思っていませんでしたので。
この日の三島は夜のしまいが早く、色気のないファミレスでしたが、旅の話は尽きません。
途中から三島ホタルの会・会長 も参戦して、大盛り上がり。
思わぬ、五十三次・勝手にサミットとなりました。


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                   箱根西麓   PHOTO・志むら遊酔
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by toukai53 | 2011-10-29 09:49 | 旧東海道

その17・ 岡崎~知立~鳴海~宮 「三河から尾張へ」

f0211837_16245226.jpg10月22日、朝。岡崎は、重たい雨です。前回は思わぬ美女2名との遭遇もあって、岡崎は最高の印象。とくに乙川が気に入り、街道に出る前に河原をジョグしようか、と思ったほど。
まあしかし、空をうらんでも仕方ありません。出発です。

特産の八丁味噌蔵を抜け、東海道三大橋の一つ、「矢作橋」を渡ります。

上下、新調したカッパ。トラックの水しぶき。


幸い雨は徐々に勢いを失い、1時間くらいで止みました。重苦しい曇天とはいえ、今日は一日雨と覚悟していたので、ドナタかの日頃の行ないに感謝。


松並木で有名な 池鯉鮒(知立)宿。
歩道橋を連続して昇り下りしているうちに道に迷ってしまいました。

f0211837_16473494.jpg「どこ行きたいの?」 散歩中の男性が声をかけてくれました。
「なんだ、毎日走ってる道だよ」 地元の市民ランナーでした。

森久士さん、63才 (あとで調べたら、ものすごく著名な税理士さんでした)。
ガンを2度克服。59才からリハビリを始め、その一環で「東海道」「中山道」「四国八十八箇所」「千国街道」を、徒歩+自転車で制覇。去年からランニングを始め、今年の12月、ホノルルで初のフルマラソンに挑むそうです。

ここを真っ直ぐ行くでしょ、で、右に折れて、ガードをくぐって・・・
「そうだ、旧街道まで、一緒に走りましょう!」
伴走をかって出てくれたのです。
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でもしかし、森さんの速いこと! ご覧の通り、走るカッコウはしてないのに、キロ5分を切るペースでとばします。約2㎞。ついていくのに必死でした。
ホノルル、がんばってください! 結果を知らせてくださいね。


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知立・了運寺の前で出会った 鶴田さん。名古屋市在住の70才。
安城市で行なわれたウォーキング大会の帰りだそうです。
ウォーキング大会のあとに歩きですか? 合計すると・・・
「30キロくらいかな・・」


日本の皆さん、この国のベテラン諸氏は元気であります!
高度成長をけん引してきた 人生力  の密度は、ハンパじゃありません!


f0211837_17304634.jpg 境橋を渡れば、尾張の国 。

桶狭間古戦場跡。
別の場所にも同様のものがあるようです。「本家」と「元祖」みたいなものかな?
でも、あの有名な「桶狭間」の正確な場所が不明というのは意外でした。



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間の宿・「有松」です。「有松絞り」で有名だそうですが、ぶっちゃけ僕は知りませんでした。
古い町並みが、なんとも自然なカタチで残されていて、嬉しくなりました。

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有松には3台の大きな山車があり、うち1台がこの山車会館に展示さています (200円。土日祝のみ開館)。

ガイドの加藤さん。朗らかな表情と情熱こもった語り口で、この有松に深い愛情をもたれていることが伝わってきます。
他の見学者も、加藤さんの名解説を絶賛。

ゆっくりしていたかったけど、そうもいきません。これから 地元・三島のFM局 ボイス・キュー に電話出演です。
今12時を少し回ったところで、放送は12時45分から。この町から中継したいとは思ったけど、30分以上停滞するのは、ちょっと・・・。後ろ髪(ありませんけど)引かれる思いで、山車会館を後に。

でも、10m行った所でストップ。
・・・コンビニの駐車場なんかで話をしたって、聞く人には何のトクもないな・・。それより、いまいちメジャーではないこの有松の、アナ場的な素晴らしさを伝えた方が、少しは役に立つ。ゴールが30分遅れたって、どうってことないわけだし・・・。ここに留まることにしました。
f0211837_1801891.jpg12時45分。携帯が鳴りました。
「♪ 時代と時代の交差点~」 僕たちの「私説・三島音頭」が流れます。
「もしもーし、水口サーン!」 小坂マッチーの明るい声。
まさにその時です。曇天の雲が切れ、まさかの陽射しが降ってきたのです!
まるで生放送に合わせてのスポットライト。見上げれば、いきなりの青空。
ウソみたいですけど、ほんとの話です。こんなこともあるんだなあ。
この日、晴れたのは、結局この10分間だけでした。


放送終了後、再び山車会館におじゃまして、今度はビデオを拝見しながら、ゆっくり祭りのこと、町のことを伺いました。山車は、字を書くからくり人形。また有松は約40年前、木曽の妻籠や白川郷とともに日本で最初に「町並み保存運動」が始まった所なんだそうです。

* なお山車については、後ろの「五十三次専用ブログ・おまけコーナー」で、上から下から後ろから、詳しくレポートしています。どうぞ、ご覧ください。
  
古い家並みを2・3枚撮ってあっさり進む予定が、結局2時間近くウロウロしていました。                         d0242207_2026863.jpg


同じ静岡県、吉田町から町内会のご旅行で来られた皆さん。岡部宿の歴史資料館に関わった方もおられました。
写真を撮らせて、とお願いしたら
ある方は、「指名手配のヤツはいないだろうな?」
別の方は、「やべえな。オレ、会社にウソ言って休んじゃった・・・」
これから、西浦温泉へ向うそうです。



f0211837_19333332.jpg鳴海宿。
青年団らしき人たちが、祭りの山車の倉庫で作業していました。
このあたりは祭りが盛んという印象です。
祭りのない地区で育った僕には、うらやましい思い。

禅宗独特の建築が見事な、瑞泉寺。


f0211837_19361853.jpg本日のゴールは、熱田神宮門前の 
「宮宿」。
ここは、「七里の渡し場跡」。
桑名宿まで、当時は名前の通り、七里の船旅だったそうです。
地図を見ると、驚くほど埋め立てが進んだのが分かります。

・・・・・・・・・・

f0211837_202645.jpgせっかくの名古屋です。街をブラつき、名物も食べたいところ。

中日新聞のS男性記者さんから勧められたのが、
庶民の街・大須
名古屋唯一の寄席、「大須演芸場」は開演まで時間があり、断念。
日本最大のリサイクルショップ・コメ兵 で、ギターの弦を購入。次の土曜・29日、三島プラザホテルでのライブは、コメ兵で買った弦です!

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名古屋名物と言えば・・・途中で道を尋ねた妙齢の女性は、「ひつまぶし、だがね」。 でも路銀が心配。
で、S記者推薦、栄の元祖みそかつ丼 ・「叶」へ。
元祖ということで、著名人の来店写真も多数。
しかしながら、どうやっても自動では開かない自動ドアとか、「イラッシャイマセ~」が東南アジアなまりの女性店員とか、かなりディープな食堂でした。
味の方は、質実剛健、ガツーンとストレートで僕好み。ありふれた言い方ですけど、庶民のスタミナ源といった感じです。ただし、かなり濃い!

本日の走行距離/約32㎞

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d0242207_20342127.jpg専用ブログのおまけコーナー・「有松の山車」
有松には3台の山車。うち2台は、字を書く“からくり”です。
この「布袋車」は、なんと1675年のもの!

字を書くのは、最上段・一番前の人形。
ビデオを見せてもらいましたが、本当にスゴイ! 必見!!

後ろに鎮座するのは、布袋さま。

この山車には、1本の釘も使われていないというからビックリです。

3台の山車が揃うのは年に1回。
10月の第1日曜日、お祭りの時だけだそうです。


(左の写真は、観光パンフレットの複写です)
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                 山車会館の2階から撮影
                 ガラス越しなので見難くてゴメンナサイ。




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後ろからです。
ここで笛や太鼓です。

なおここは、女人禁制。 
ガイドの加藤さんも上がったことないそうです。


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            わかりにくいと思いますが、
            畳の所から人形を見上げて。

            左下にカラクリの綱が見えますね。


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これが、人形が書いた字
(コピーをいただきました)。

「宝」

お見事!
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by toukai53 | 2011-10-24 20:11 | 旧東海道

広重

「東海道五十三次」と聞いて、たいていの方がまず思い浮かべるのが、歌川広重の浮世絵でしょう。僕もそうです。
この旅で寄ったほとんどの宿で、広重の絵が掲げられていました。他の絵師(画家)が描いたものもあるだろうに、きまって広重。考えてみれば、ものすごいことですね。
(まあ僕などは、北斎の「富嶽三十六景」とゴッチャになることもしばしばですが・・)

d0242207_20332731.jpg象徴の「日本橋」を除けば、僕が一番好きなのはこの
「箱根」。
地元ってこともあるけれど、まさに天下の険!って迫力が素晴らし嬉しい。

現在の箱根は、めいっぱい開発が進んでいるとはいえ、雨の日にクルマを走らせた時など、この山の厳しさを感じることがあります。ただ甘いだけの山じゃあありませんヨ。



d0242207_20433999.jpgこれも大好きな絵です。
「蒲原」。

雪の降り積もった姿は、現在ではありえません。
江戸と平成では、景観が変わったのは当然ですが、この絵は気候の変化まで伝えてくれます。

静ひつな雪の夜――。






さあ、土曜日(22日)は、岡崎~宮(熱田神宮)です。天気予報は、雨!
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岡崎・矢作橋を渡り、池鯉鮒(知立)宿、鳴海宿、そして熱田神宮の宮宿まで、約32㎞。

d0242207_21352437.jpg雨でも何でも進まにゃなりません。
だって、ボイス・キュー(FMみしま・かんなみ)の ラジオ生中継 があるのです!
パーソナリティ・小坂マッチーの、「キャプテン、今どこですかあー?」 に、
「え? 家ですよ」
じゃあ、シャレになりませんから。
(お昼の12:45くらい。静岡県東部の方、どうぞよろしく!)


これは8/6、再スタート直前に出演した時の
放送後。まっさらなゼッケンを嬉しそうに・・・。


台風の中進んだ、9/4・「島田~掛川」では、100円ショップのカッパで失敗しました。今回はさっき、スポーツ屋さんで、ちゃんとしたレインスーツを購入。これで、大丈夫。
(でも一番安いヤツ!)。
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by toukai53 | 2011-10-20 20:51 | 旧東海道

第24回・東海道シンポジウム・吉原宿大会

f0211837_1949531.jpg東海道五十三次・各宿場の関係者が集い、宿場文化の伝承や、宿場間の交流を図る 「東海道シンポジウム」
第24回目となる吉原大会が10月8・9日に開催され、そこで挨拶をする、という身に余る栄誉をいただきました。主催の吉原宿の皆様の、ありがたい計らいです。

吉田宿から岡崎宿まで走った後のトンボ帰りなので、夜の懇親会からの参加です。
会場の「ラ・ホール富士」は、いなせな法被姿の方々の熱気・熱気・熱気。


f0211837_19503365.jpg大きな拍手に驚き、ぎこちなく壇上にあがった僕。
僭越ながら、ここまで走ってきた実感を申し上げました。まず 「観光資源として『四国八十八ヵ所』に負けない魅力があると思った」こと。
「ただ残念なのは、宿場によって温度差があり、盛り上がる所はどんどん盛り上がっているのに、絶滅寸前の所もある。日本橋から三条大橋まで、一つの観光地として捉えてほしい。そうすれば旅人共通の、『道が分かりにくい』 という印象も改善されるのでは?」
アルコールがすでに入っている状況なのに、多くの方が頷かれ、拍手をしてくださいました。

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たくさんの方と知り合うことができました。

こちらは、走り始めてまず気に入った 品川宿 の皆さん。
「古い家並みなどはほとんど残っていないのに、なぜか(良い意味で)古さを感じました」と感想を述べたところ、
「それが僕らの目指す街づくり。そう感じてくれたのなら、とても嬉しい」
「住人は、祭りのために生きてるようなもんだから。
祭りの時、ぜひおいで!」と言ってくださいました。訪ねていこうと思います。


                 こちらは遠路、滋賀県からお越しの皆様です。
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               貫禄十分のお歴々に、こんな頼みは失礼なのですが・・・
               回れ、右!
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水口宿(みなくち。僕はミズグチ)の皆さん。
「来たらウチに寄りな」と言ってくれたのは、地元では誰もが知ってるというお寿司屋さん「や満平」のご主人。
伺いますとも、もちろん!


f0211837_2157770.jpgほぼ地元、府中宿の磯部さん。静岡の高校の先生です(その高校には、10年ほど前にコンサートで伺ったことがあります)。
磯部先生、個人的にはビックリの話を教えてくれました。お母さんから聞いた話だそうですが・・・。

8月に訪ねた静岡市・宇津ノ谷。その時、そこのおじいちゃんから聞いた、地元観光スポット「明治トンネル」の終戦直後の秘話。「戦争が終わって帰ってきたら、明治トンネルの中に山と積まれた実弾。でも聞いてみたら1発も使われなかったらしい。撃てば軍事施設があるのが敵に知られる。きたるべき本土決戦に備え、温存の道を軍は選んだ」・・・。

磯部先生がお母さんから聞いた話というのは、時系列ではその直前になるのですが、なんと明治トンネルの中で、零戦が組み立てられていたというのです! 静岡市内に軍事工場があり、空襲を回避するためです。

d0242207_19564787.jpgいまでは大型観光バスも来る、集合写真にピッタリの観光スポット。ガイドブックには、「文明開化のロマン」と書いてあります。しかし、こんな顔もあったのですね。

磯部先生は、「街道には、悲しいことも含め、様々な歴史がありますね。大切に残さないと」
軍事工場のその後について伺ったところ
「工場は、まだありますよ。今は平和に、エアコンと冷蔵庫を作ってます」

 
その12・府中~島田 「重くても軽くても、それぞれの歴史」

     ・・・・・・・・・・・・

とてもとても有意義な時間でした。
セッティングしてくれた富士市まちの駅ネットワーク・久保田副代表に、深く感謝申し上げます。別れ際に撮ったツーショットは、なぜか写ってませんでしたけれど(苦笑)。

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           10/9 静岡新聞朝刊
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by toukai53 | 2011-10-13 19:19 | 旧東海道

その16・ 吉田~御油~赤坂~藤川~岡崎 「三河よいとこ」

f0211837_17382640.jpg前回は、駅前の「餃子の王将」で終わった豊橋・吉田宿。今回は名物の市電で「札木」まで行き、そこからスタートです。
10月8日、朝8時30分。快晴。

豊橋市の地名の由来となった 「豊橋」を渡ります。
矢作橋、瀬田の唐橋とともに東海道三大橋の一つで、当時は吉田大橋と呼ばれていたそうです。

御油宿を目指して淡々と進みます。時おり、古い家並みが。
黄金色の田んぼから、実った稲穂の匂い。秋です。


f0211837_17434064.jpg御油の手前の無人交番。互いに道を尋ね合った笹山さん (64才・東京都)。西行き・東行き、情報交換です。
かなりすごい方で、日本188番(四国88番、秩父34番、板東33番、西国33番)を、2年で踏破。国内にとどまらず、サンチャゴの道・1,550㎞。さらに去年は三蔵法師の道を辿ろうと、中国の西安からインドに向けて出発。この話、ここからが驚き。4回に分けてのプランだったそうですが、1回目に強盗に遭遇。そしてなんと2回目もまた強盗に! 場所がゴビ砂漠付近で、マジに生命の危険を感じたそうです。
また、行くんですか?の問いには、「さすがに恐い。あきらめました」。しかしそのあと、「でもねえ、ウチでゴロゴロしてるとカミさんが、どっか行けって言うんですよ・・」f0211837_1845921.jpg
今回の旧東海道では、途中でお兄さんが死去。「葬式で4日費やしましたけど・・」 
再び歩き出したそうです。
沼津・三島宿に来たらぜひご連絡くださるようお願いして、分かれました。


             御油宿の、有名な松並木


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赤坂宿のシンボル、大橋屋。江戸時代から営業を続ける旅籠です。
反射で、僕が写っています。



本宿に入ったあたりで携帯電話がなりました。
あれま、中日新聞が取材してくれるんだって!

待ち合わせは、岡崎城。
女性記者です。到着予定時刻、つい見栄をはってしまった!! 
藤川宿からペースを上げたものの、昼ごはんは食べてないし、結局大幅遅れ。岡崎の手前から携帯で、
「もーしわけありません。少々お時間を・・・」



岡崎公園に、なんとか到着。

f0211837_913818.jpgいきなり若い女性が、「ワーッ、走ってるんですか!」
この方が記者さんだと思ったら、全然別。
豊橋の、前〇芙美さん。お友だちと待ち合わせだそうです。

信じられないでしょうけど、ほんとに彼女の方から声をかけてくれたんですよ!
とにもかくにも、こんなに若くて綺麗な女性から声をかけられるなんて、もう二度とないかも。で、パチリ。

ひとえに、胸のゼッケン「東海道ひとり駅伝」のおかげです。作ってくれた「三島ホタルの会」会長さんに、思わず手を合わせました (派手で恥ずかしいと、けっこう渋ってたくせに!)。

彼女とは、このあと公園内で2度もご対面。ソフトクリームが、すごく似合ってました。


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こちらが、中日新聞・嶋村記者。入社3年目。新進気鋭、前途洋々のジャーナリストです。

重厚なカメラがなければ、明るい女子大生って感じの、とても可愛らしい女性。
今日は 「美人のアタリ日」です。

僕のまとまりのない話を、どう料理してくれるか、ほんとうに楽しみです。


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 取材中、声をかけてくれた 「梓屯(しとん)能面の会」の皆さん。
嶋村記者、「アッ、きのう取材させていただきました!」
 へえー。


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地元の小2・小4のグループ。

天守閣から、こちらに向って叫んだ言葉は
「中日新聞、がんばってー!」

ふつう、
「オニイサン (もしくはオジサン)、がんばってー!」 だろ!!

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       岡崎城。時間の都合で天守閣にはのぼれませんでしたが、
       下から見上げても堂々・気品あるたたずまいです。




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殿橋から菅生川を・・。気分が爽快になる眺めで、つい河原へ降りてしまいました。
岡崎は、美しい都市。気に入りました。22日、またやってくるのが楽しみです。

   ・・・・・・・・・・・・・



ゆっくりしていたかったけど、今日はすぐ電車に乗らなくてはなりません。
8月に大変お世話になった吉原宿。そこで今日明日2日間に渡って 「第24回・東海道シンポジウム」が開催されるのですが、なんと今夜の懇親会、とつぜん挨拶することになったのです!

そのご報告は次回。個人的にはビックリする話も聞けたし、ユニークな写真も撮れました。
ぜひまた、のぞきに来てください。


本日の走行距離/岡崎市内を一回りして、約30㎞

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専用ブログのオマケ写真
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岡崎のユーモラスな道案内。城下町はどこも道が複雑で、岡崎も 「二十七曲がり」と呼ばれるほどですが、案内板がとても親切に感じました。旅人にとっては、何より嬉しいものです。





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岡崎城の下で連日無料公開している演武・「グレート家康公 『葵』武将隊」。
嶋村記者のお話では、これを始めてから来場者が大幅アップしたとのこと。
やっぱ、人を集めるには何かしないと、ね。
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by toukai53 | 2011-10-09 20:46 | 旧東海道

「三ちゃん」 VS 「三ちゃん」

かなり年下の知人・S君に、面と向ってこう言われました。
「ボクも 『三ちゃん食堂』に通ってました!」
どういうことかというとですね。このブログの8/28。かつて川崎市新丸子に住んでいたとき毎日のように通った、庶民の味方 『三ちゃん食堂』。
そこと全く同じ名前、そっくりな字ズラの食堂を発見。それも丸子宿で、というお話。
なんとS君、川崎市新丸子の「三ちゃん」によく行っていたというのです!

        (こちらをご覧ください)
        その12・府中~島田 「重くても軽くても、それぞれの歴史」

S君、大学の寮が近くにあったとのこと。20歳くらい離れているので、同時期は有り得ませんが、この奇遇にはかなりビックり(ヤツもビンボーであったか!)。にしても、今ごろ静岡県で「三ちゃん」の話題で盛り上がろうとは。
当時の新丸子の「三ちゃん」は、圧倒的な安さに加え、数々の伝説も。・・・話したくて話したくてしょうがないのですが、五十三次には関係ないので、いつか僕の「昭和的日々」のブログの方で。

これは、静岡市・丸子宿の 「三ちゃん食堂」
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S君のことがあって、ふと考えました。

「丸子宿・三ちゃん」の御主人も、もしかして以前、「新丸子・三ちゃん」にお世話になった一人ではないか、と。
故郷の静岡市丸子宿で食堂を開くことになり、「丸子」にひっかけて伝説の「三ちゃん」を名乗ったのではないか、と。

何の根拠もありませんが、そう思った方が面白いので、そう思うことにしました。

とにかく一度、行ってみなくちゃね。
メニューに「レバーしょうが焼き」があったらアタリだな。



こちらは、川崎市新丸子の 「三ちゃん食堂」
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この麗しいロングヘアーの若者は・・・大学卒業目前の僕(1980年)。
三島の楽器店に就職が決まり、
「実家に帰って、必死に働くぞ! 『三ちゃん』に来るのも、これが最後。記念に一枚」
撮った写真がこれ。
ところが1年ももたずにトンズラし、また新丸子に舞い戻って 「三ちゃん」通いになったのでした。
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by toukai53 | 2011-10-02 19:46 | 旧東海道