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その12・府中~島田 「重くても軽くても、それぞれの歴史」

f0211837_1327128.jpg雨上がり、快晴の静岡駅。
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走り出していきなり、アッここ!
「青葉イベント広場」。2003年、24時間テレビで僕たちが生演奏した場所です。その時は、車で行ってそのまま帰ったので、地理を理解していませんでしたが・・そうか、ここだったか。

f0211837_1331042.jpg静岡駅周辺は、(ガイドブックにも書いてありましたが) 旧東海道を示すものは皆無です。「龍馬が歩いた道? それがどうした」ってとこかな。
安倍川の手前、由比正雪の碑や安倍川餅の看板を見つけ、ようやくこの道でよかったと、ホッ。


一番有名な石部屋さん。まだやってませんでした。


f0211837_1333228.jpg安倍川を渡り、少し行くと、丸子(鞠子)の宿
いきなり僕は狂喜。僕は学生の時から10数年、川崎市に住んでいたのですが、学生時代はほぼ毎日、卒業してからも3日に一度は通った食堂と、ピタリ同じ名前と字ヅラの食堂を発見。セイシュン時代の僕の血と肉と骨は、「三ちゃん」で製造されたようなもの。嬉しくなってパチリ。で、その後にエッ!? 
ここは、丸子(マリコ)の宿。僕が住んでたのは川崎市の、新丸子(シンマルコ)・・・。


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丸子は、宿場の風情が良い感じで残されています。家々の玄関には、今も屋号(?)が。


f0211837_13354742.jpg超有名な、とろろ汁の「丁子屋」さん。残念ながら開店前。ま、ここはどのガイドブックにも必ず載ってるし、僕としては、さっきの「丸子の三ちゃん」の方が気になって・・・。




山間部に入ると、宇津ノ谷集落
「宇津ノ谷」というと、静岡県民には渋滞情報でおなじみの名前。そのせいで、正直イメージが悪かったのですが、足を一歩踏み入れたとたん、それは大逆転しました。「いいなあ・・ここ」。かやぶき屋根でもないのに、ああきっとここは昔から、ずーっとこんな感じなんだろうな、と思わせる、しっとり落ち着いたたたずまい。現実の生活が代々営まれてきた本物の味わい深さです。
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ここで大変貴重な出会いがありました。何気なく道をたずねた栄次おじいちゃん。この方が、めっぽう郷土史に詳しい方。先生でもされてたのかと聞くと
「いやあ、ただ歴史が好きなもんで・・・」
大名行列から集落の伝説、さらにご自身の戦争体験まで、1時間近く話を聞かせてもらいました。その話は、どれも驚くべきもの。

若い頃、とても足が速かったそうな。戦時下の「明治神宮大会」(今の国体?)に静岡県代表で出場し、5000m走で全国13位! その健脚から、軍隊では連隊長の伝令を務めたとのこと。
で、終戦。この宇津ノ谷に戻った栄次青年は驚いてしまいました――。(宇津ノ谷には現在、明治・大正・昭和・平成4つのトンネルがあり、レンガづくりの明治トンネルは代表的観光スポットなのですが)、なんと明治トンネルの中に、山と積まれた実弾が隠されていたのです!
f0211837_13395515.jpgしかし、聞けば結局一発も使われなかったという・・。なぜか―。撃ってしまえば、軍事施設があることを敵に知られてしまう。来たるべき本土決戦のため、軍は温存する道を選んだわけですね・・・。最終的にはGHQに持っていかれたそうですが。

「これは貴重なお話ですねえ。どのガイドブックにも載ってませんでしたが・・・どこかで話したりは?」
「・・・前に役所の人に話したんだけど・・・その人、こんな話には興味なかったみたいで・・どこにも、何にも」
イカンでしょ、これは! こういう話こそ、きちんと残しておかねば!!

おじいちゃんの部隊の大半はフィリピンへ向い、そこで全員玉砕。
「だから、まあ・・運がいいって言えるんだけど・・・。でも、ねえ・・。とにかく、あれは・・みじめな戦争でしたよ」
ずっと無表情だったおばあちゃんの顔が、その時だけ小さく動きました。

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これが明治トンネル。
僕が着いた時、ちょうど観光バスの団体客がワイワイ集合写真を撮っていました。
ここに大量の実弾が隠されていたなんて・・知るよしもなく。






地味だけど良い雰囲気の岡部宿を抜けて、藤枝宿
ここで食べたかったのが、「瀬戸の染飯(そめい)」。こわ飯をクチナシで染めた、昔定番の携行食。五十三次を行くなら押さえておきたいものですが、ぶっちゃけ美味しくはありません。f0211837_13572694.jpgこんな時は、おなじみ(?)の龍馬に登場してもらいましょう。「これを龍馬が食べたと思えば!」

藤枝に来るのは20年ぶりだと、今朝まで思い込んでいました。けれど公園で染飯を食べてる時、10年前にも来ていたことに気づきました。「車イスのシンガーソングライター」として当時活躍されていた方の学校コンサートに、ギターサポートとして、です。
翌日の朝一番、僕は初のニューヨーク行き。早く帰って旅仕度をしなくちゃならないのに、その日は東名の集中工事。国道1号線、渋滞で有名な宇津ノ谷トンネルを何とか早く抜けようと、気がせいてせいて・・。今日、宇津ノ谷で会ったのは「栄次」おじいちゃん。車イスのシンガーソングライターの名前は、吉川「英二」さん。ハイ、話が見事につながりました! (あとで調べたら、訪れたのは「藤枝葉梨中学校」でした)

f0211837_13581836.jpgゴールは、島田宿。ここで滅多に会えない方とお会いするはずが、手違いで来週の出発時に変更です。駅近くの大井神社でお祈りをすませ、本日の旅はオシマイ。
(大井神社は、安産祈願で有名なんですけど・・・ね)


本日の走行距離/寄り道、回り道こみで、約30㎞



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専用ブログのオマケ写真

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宇津ノ谷峠付近。
整備されハイキングにも適した快適な山道ではありますが・・・こんな所を大名行列が越えて行ったんですね。


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岡部宿あたりの松並木。
意外なほど、大規模。






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藤枝の横内地区。通りに昔の面影少々とはいえ、家そのものは現代の建物。なのに、どのお宅にも、こんな屋号(?)が。
歴史・伝統を大切にしているのだと思います。なんか嬉しくなってしまいました。
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by toukai53 | 2011-08-28 14:33 | 旧東海道

東京新聞と富士ニュース

前回の続きです。

まさか東京新聞に載るとは! 川崎市で暮らした10数年、ずっと購読していました。
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吉原宿では、地元紙・富士ニュースの取材を受けました。N記者は、イケメンの好青年。僕もあんなルックスだったら、体力勝負の人生を送らないですんだかもなあ・・なんて。
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ほんと、新聞で紹介されるなんて、日本橋の時には考えもしなかったなあ。
でも、これは特別中の特別。基本的には、一人で走って、一人で終わっています。
先日の静岡駅ゴールの時なんて、推定気温35℃。通行人は、汗みどろの僕から、さりげなく離れていきます。これじゃいくらなんでも電車に乗れないと、近くの公園の水道で体をバシャバシャ。ちょうど昼時、お弁当を食べに来ていた工事関係者も、遠巻きにして見ていました。

さあ、今度の土曜日(27日)は、その静岡から島田まで。島田では、めったにお会いできない方に会えるかも・・。実現すると嬉しいのですが。
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by toukai53 | 2011-08-23 19:13 | 旧東海道

中日新聞と静岡新聞

三島で再スタートする時、新聞の取材を受けたりラジオに出させてもらったり・・・。
市民ランナーとしては破格だし、日本橋出発時には、まるで考えられなかったことです。戸惑いはあるものの、本当に有難いことだと、素直に嬉しく思っています。

中日新聞。長い音楽活動を通しても、取材を受けるのは初めてです。いずれ、旅は愛知県に入ります。今後とも力になっていただければ、と願っております。

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静岡新聞。音楽の方では、今までも大変お世話になってきました。地元の新聞です。悪いことで載らないように、悪いことをする時は今まで以上に細心の注意を払いたいと思います。

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by toukai53 | 2011-08-21 06:25 | 旧東海道

その11・蒲原・由比~興津~江尻~府中 「伝わるもの。伝えるもの」

f0211837_1754258.jpg8月14日、朝7時30分、蒲原駅。快晴だけど山は雲、というここ数日おなじみのパターン。今日も気温33~35度の予報。
ほんの数キロ走れば、もう由比の宿。由比は、蒲原同様、古い町なみが見事に残されています。

定番ですが、必見の「正雪紺屋」。いまだ現役の染め物屋さんてのはスゴイ。


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          小さくてよく見えないでしょうけど、この風鈴は、
          チューハイやコーラの空き缶に、細かく縦に切れ目          を入れたもの。ゴミが、見事なアートに変身です。



由比駅から、さった峠に向う途中の倉沢集落
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風情十分な格子の家から、香のかおり。おだやかな気持ちになります。

お盆。迎え火(?)をたくお宅もありました。僕は、山をきりくずして造成した市営住宅で育ったこともあり、古くから伝わるお祭りや風習などを、ほとんど知らずにきました。残すべき伝統がないっていうのは、ちょっぴり寂しいものです。


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絶景で有名なさった峠。でも今日はご覧の通り。
ここは(たぶん)NHKの定点カメラと同じ場所。左から、JR東海道線、国道1号バイパス、東名高速。津波が来たら、どうなるんだろう・・・。




おとといの吉原宿と違い、今日は誰にもお会いする予定はありません。でも興津宿の一里塚公園で、とても嬉しい偶然の出会いが待っていました。
水道でバシャバシャ顔や頭を洗う人の姿。一瞬ホームレスかと思いましたが、上げた顔を見たら、純朴そうな若者。そして横には、重装備の自転車!
僕も長くサイクリングに夢中になっていた身。「どこから?」と、声をかけてみました。
f0211837_18293168.jpg「広島です!」の答えにビックリ。しかも、すでに広島から東京まで走りきり、今はその帰りという話にまたビックリ。僕なら絶対、帰りは自転車を宅配で送って、ラクをする。

上村クン、高校3年
野球部・ピッチャー

あれえ?今、甲子園じゃあ・・・
「・・・負けちゃったんで・・」
あ、もしかして甲子園のかわりに自転車?
上村クンは、テレくさそうな笑みを浮かべつつ
「・・・・・でも、勢い・・だったかも・・」
                                   ははは。

f0211837_18312557.jpg箱根はキツかった?
「キツかったです。でも、温泉に入れてもらいました!」
いいとこあるじゃないか、箱根宿!

自転車は、お父さんの愛車とのこと。
「若いころ、自転車で日本一周したって言ってました。あと、外国も走ったって」
伝わってますね!DNAが、しっかりと!!

最近の高校生っていうと、コンビニの前でウ〇コ座りしてる姿を思い浮かべてしまいますが、まだ絶滅してなかったんですね、こんな純朴だけど快活な笑顔と、素直な言葉づかいの高校生が!
オジサンは嬉しくなってしまいました。

あッ、そうだ!
急に思いついて、別れ際、少々ラーメン代をプレゼント。ケチな僕には極めて珍しいこと。彼の笑顔や素直な態度が素晴らしかったからなのはもちろんですが、おととい僕が吉原宿で受けたご恩を、何かでお返ししたいと思っていたこともあります。吉原宿の人情が、僕を介して、広島の若い旅人に。
吉原宿の方々も、以前きっとどこかの旅の空で、親切にされた経験がおありなのでは? ずっとさかのぼっていけば、おなじみの(?)龍馬。龍馬が道中「旅は道づれ」と受けた恩が、巡り巡って平成23年、広島の高校3年生に・・・他愛ない空想ですが、なんかワクワクしてきます。

「ありがとうございます!」
「じゃ気をつけて」
慣れない行為のコッ恥ずかしさと、中年の見栄で、ついオーバーペースで走り出し、いきなりヘロヘロになってしまいました。

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清見寺
数多くの歴史上の著名人が訪れた名刹。とくに家康とは縁が深いとか。
ずっと貫禄充分な姿が気になっていて、一度は来たいと思っていました。




江尻宿。ここには、ぜひお会いしたい女性がいました。
クラリネット奏者の、水本みゆき さん。f0211837_1930303.jpg
もう10年も前になるのかな、障害をもちながらハモニカ慰問を続ける池尻晃クンのバック演奏を、よく一緒に手伝いました。彼のことが全国放送(NTV)のドキュメンタリーになる時は、毎週のように会っていましたが、ここしばらくご無沙汰。
久しぶりに電話したところ、ちょうど「東日本大震災のチャリティー・コンサート」とのことで断念。彼女も長い間、ボランティア活動を続けているのです。彼女の美しいクラリネットを思い浮かべながら、江尻を通過。      

                左が水本さん。中は生徒さん。
                右が、永遠の少年・あきらクン。


府中まであと少しの、小さな神社。一服してたら、垣根の向こうを、自転車の上村クンが走り去って行きました。若者らしい快活なオーラを全身から放ち、力強くペダルを回しています。僕にはまったく気づきません。小さくなる彼の背中に、心の底から旅の無事を祈りました――。

府中、今の静岡駅には昼少し前に到着。僕も明日はライブ。史跡めぐりは次にして、すぐに電車に飛び乗りました。

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夜10時。地デジ難民の僕は、無音の部屋でいつものチューハイ。
・・・・自転車の上村クン、無事に今日の目的地へ着けただろうか・・。
・・・・自転車は故障しなかっただろうか・・・。
・・・・ちゃんと夕飯は食べただろうか・・・。
・・・・野宿に良い場所は見つかっただろうか・・・。
気になって仕方ありません。
・・・いやいや、心配は無用ですね。彼は広島から東京まで走って、さらにその帰り道。すでに、たくましい旅の達人です。今ごろ寝袋の中で、のんびり静岡県の星空を眺めているに違いありません。

本日の走行距離/約27㎞


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専用ブログのオマケ写真
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由比宿の空き缶風鈴のアップ。
こんな感じです。
右の一番上は、アサヒ・スパードライ?












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東名と国一バイパスに阻まれ、駿河湾が見えない由比漁港。
独特の景観です。
名産の「桜えび」は、あまりにも有名。
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by toukai53 | 2011-08-17 20:43 | 旧東海道

続・吉原宿 「追加写真」

吉原宿では嬉しいことが多すぎて、とても1回では書ききれませんでした。
前回アップできなかった写真を、いくつかご紹介させてください。

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寄せ書きをしてくださる「松栄堂」の皆さん。寄せ書き用の布は、「三島ホタルの会」の会長さんがつくってくれたもの。かなり大きいので、スカスカのまま終わるんじゃないかと心配でしたが・・・この調子なら大丈夫! スカスカなのは、僕のお財布だけで十分。



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ギフトショップ「東海道表富士」さんからいただいた富士山グッズ。
「ふじ」と「かえる」で、『ぶじかえる』。写真が小さくて見えませんが、「富」にテンテンが打ってあるのがミソ!





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気温33~34度のこの日。「よそさんで、冷たいものが出るでしょうから」と、熱~いお茶とおまんじゅうでもてなしてくれたのは、「鯛屋旅館吉原本宿」の水谷さん。創業100年以上の老舗「きよせ」さんの宿場小まんじゅうです。




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お好み焼きの「さの路」さんの特製プリン。ね、見るからに美味しそうでしょ! 甘味処に負けない味と、小粋な姿です。もちろん、メインのお好み焼きもgood! とくに僕は、チーズ入りがお気に入りです。





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「香り処・
ギャラリー池田」
さんでは、コレクションのきり絵と、池田社長が撮影された富士山の複写をお土産にいただきました。宮田雅之氏作の「赤富士」はすごい迫力。社長の写真は、コンテストでの受賞作品だそうです(スイマセン、正式名をメモし忘れました)。



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体調不良時にはこれを、と
「望月しょうせいどう」さんから渡されたのが「敬震丹」。昔から、旅の必需品として珍重された和漢薬製剤だそうです。主成分は、麝香(ジャコウ)と牛黄(ゴオウ)。まずニオイからして効きそう!



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あらためて吉原宿の皆さまの人情が身にしみます。感謝とともに、何かのカタチで御返ししたいと思うのですが・・・・さて。




051.gif お世話になった吉原宿の皆さまのブログです。

フジスタイル
鯛屋旅館吉原本宿
望月しょうせいどう
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by toukai53 | 2011-08-15 22:42 | 旧東海道

その10・原~吉原~蒲原 「町は人! 水口、宿場人情に泣く」

水口真、53歳。そのほとんどが無駄メシだったとはいえ、ニンゲン53年も生きてくりゃ、自分の「器」くらいは把握しているつもりです。人間としての度量だけでなく、どのくらいまでなら夢・望みを持っても許されるのか、どのくらいまで行っちゃうと、「身のほど知らずめ。つけ上がるのも、たいがいにしやがれ!」と怒られるのか。
2011,8/12。本日の僕は、自分の器を大きく大きく上回る感激に震えてしまったのです。


f0211837_15564774.jpg朝7時、前回のゴール・JR原駅から走り始めます。このあたりからは、右手に富士山がどーんの絶景コースなのですが・・・今日は、「晴れてはいるけど山は雲」という、夏場はよくあるパターン。
8キロほど行った所の、エキゾチックなお寺は、「毘沙門」さん。正式名が「妙法寺」であると、今回初めて知りました。冬の達磨市は、あまりにも有名です。
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                          広重で有名な「左富士」の松。
もう少しで到着する吉原宿で、地元の方とお会いする約束があります。時間調整のため、ベンチでゴロリ。ほぼホームレス。



吉原は、三島宿同様、旧街道が現在もメインの商店街です。まずは東木戸にある薬局
「松栄堂」さん(TEL.0545-52-0472)へ。今回便宜をはかっていただいた「富士市まちの駅ネットワーク」副代表の久保田氏のご実家です。氏のお父様・保雄社長にぜひお会いしたかったのです。でも開店準備の時に迷惑だろうな、と一瞬ためらったところ、社長の方が僕を発見。「おーおー!」と満面の笑みで握手の右手を差し出してくれました。
腰が抜けるほどビックリしたのが、これ。
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同姓同名の有名人がいるのかと思いました。


富士ニュース社という地方新聞の取材もあり、またビックリ。


f0211837_16403354.jpg一番左が、社長の久保田保雄氏。すごい方なんです。元トライアスリートであり、現役の登山家。しかもそのレベルときたら・・・。
第3回宮古島トライアスロン。久保田社長、40歳をこえていたのに98位。ボク、29か30で404位・・・。
山歴もハンパじゃない。海外遠征も豊富で、現在は日本山岳会静岡支部支部長。ボク、高所恐怖症のため、いつまでたっても初心者ルート・・。
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お孫さん(?)に、「水口さんは、京都まで走るんだって。握手してもらいなさい」
汗顔汗顔。子供たちと握手しながら、心の中ではっきり言いました。
「君たちのおじいさんはね、とっても偉大な方なんだよ」

久保田保雄氏、栄光の記録。

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次に向かったのは、富士山関係専門のギフトショップ・
「東海道表富士」さん。(0545-55-0333)
「松栄堂」の久保田社長が、「西川クン、もうお待ちかねだよ」と言ってたけど、まさかなあ、と思いつつ商店街を行くと、本当に道の真ん中でケイタイのカメラをこちらに向けて待ち構えておりました。

左が、店主の西川卯一さん。
右はお隣、木村玩具店さん(TEL.0545-52-1382)の木村光亮さん。

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バイタリティあふれる西川さん。「この先でも声をかけられるかもよ」と笑う彼の手を見れば、なんと僕の「手配書」みたいなコピー。これをネットワークの店々に回してくれたそうな。
「この顔みたら、110番」?


富士山と東海道に関するグッズのみ。
すごい数があるものです。

   ・・・・・・・・・・・
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商店街で、唯一昔の面影を残している旅館の一角を改装して、「まちづくり」の様々な活動や情報発信を行なっている 「鯛屋旅館 吉原本宿」さん。
(TEL.0545-52-0100)。この方はその専属スタッフ・水谷利江子さん。
後ろにあるのは貴重な歴史資料。その大半は、彼女が集めたそうです。

B級ご当地グルメの雄・「つけナポリタン」の仕掛け人のお一人でもあります。

f0211837_1851780.jpg帳場にある山岡鉄舟自筆札。左はご存知、坂本龍馬の写真。

「五十三次」に関する最近の僕の口グセは、「この道を龍馬が歩いたと思えば・・」なんですけど、今日は先に水谷さんに言われてしまって、大笑い。

帳場の龍馬の写真を見つけた宿泊客は、きまって鯛屋のご主人に「龍馬が泊まったんですか?」と聞くそうです。水谷さんに伺った話ですが、そのとき鯛屋のご主人は、こう答えるそうです。
「坂本龍馬が当旅館に泊まったという証拠はありません。しかし、目の前の道は間違いなく歩いています」
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                  水谷さんが、切り火をきってお見送り。

                  「道中、ご無事で」


        ・・・・・・・・・・・


f0211837_18211268.jpgさあ、お昼です。
ふだん、なにかとお世話になっている富士市在住の鈴木さんが御馳走してくれるというので、甘えることに。以前連れていってもらい、とても美味しかったお好み焼き屋さんをリクエスト。そしたら偶然にもこのお店、旧東海道沿いにあったのです。
「さの路」さん。 (TEL.0545-64-9101)

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イヤがる鈴木さんを無理やりパチリ。


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ネギのお好み焼き、チーズのお好み焼き。さらにおなじみ、富士宮やきそばも。
デザートの自家製プリンも、たいへん美味でした!

有名プロ野球選手も来る、地元ではけっこう知られたお店みたいです。


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「さの路」さんからほんの一走りで、JR富士駅から延びる商店街。次はそこの
「香り処・ギャラリー池田」さん(0545-63-8027)へ。
ここでも、ビックリ仰天!

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なんか、指名手配犯の気持ちが分かったような・・。


奥様の雅子さんは、かつてスチュワーデス!
ご主人は、建築設計事務所を経営。富士山をこよなく愛する、その名も「富士男」さん。
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池田さんが設計された「作品」の名前を見て、ビックリ。ほんと、今日はビックリのし通しです。
某ビアホール。以前、僕たちが出演してた所だったのです。世間は狭い、というか、どこでどう縁がつながるかわからないものですね。

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f0211837_19534358.jpgしんがりは、「望月しょうせいどう」さん(0545-61-0034)です。
三島の志むら遊酔師匠とも親しく、僕らの「私説・三島音頭」をBGMに使ってくれたという、薬屋さんです。

由紀子さん、おばあちゃんの孝子さん。由紀子さんの誘いで、「NPO東海道・吉原宿」の畔柳(あぜやなぎ)陽介さんも来てくれました。


「新しい道路ができるたびに、良い町が分断されてしまう・・。それにともなって、人と人の交流も疎かになる気がします」と、由紀子さん。「風情ある旧東海道も、このあたりは途切れ途切れです」と憂いておられました。


f0211837_19542526.jpg孝子おばあちゃんは、なんと91歳!
今も変わらぬ看板娘です。戦後、現在の富士市に至る貴重な体験談を聞かせてもらいました。
後ろの「日本一の素肌美人」は、おばあちゃんのためにある言葉!
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おばあちゃん、メッセージありがとう!



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富士山が出ていなくても、富士川は最高のビューポイント。



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蒲原宿は、古い街並みが保存されています。ここは「志田邸」。11人のボランティアで運営されているそうです。



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「ひとり駅伝」。一気に京都まで行った方がロマンチックに違いありません。でも僕は今日、行ったり戻ったりの「分割」にして本当に良かったと思いました。こんなに嬉しいことばかりだと、自分の「器」を見失いそう。
家に帰って、こ汚ねー部屋に呆然とし、テレビも見られない現実(地デジ難民!)に直面することで、ようやく冷静、現実に戻ることができました。

吉原宿の皆さま、本当にありがとうございました。最高に幸せな気分。また伺います!!

               本日の走行距離/約24㎞
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by toukai53 | 2011-08-13 21:27 | 旧東海道

その9・三島~原  「にぎやかな再スタートです」

f0211837_647405.jpg2ヶ月に渡る一服(!)を終え、今日から再び走り始めます。
その前に、地元FM局「ボイスキュー」に生出演。緊張で震えながらも、小坂マッチーに支えてもらい、どーにかこーにか。

ボイスキューは、セミ・オ-プンスタジオ。マッチーが外にアイコンタクトしたな、と思ったら、僕らの知恵袋・志むら遊酔師匠とエミーさんです。師匠は、僕が心配で。 エミーさんは、僕を笑いに。

f0211837_6483094.jpg                 
            月並みですが、 両手に花!
              マッチー、かわいー! エミーさん、きれー!
              (おっさん、汚ねー。)
 

ボイスキューからスタート地点の三島大社へは、徒歩2分。
静岡新聞(知的美人)と、中日新聞(やさしいお兄さん系)が取材に来てくれました! 東スポは来ないか・・・。
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イジワルな高温多湿の12時30分。メンバーのエミーさんとハンセン君。遊酔師匠ご夫妻。CDやポスターのデザイン担当の佐々木R君。このあいだ一緒にCDをつくったシニアの歌声クラブ・「ヴォーチェ」からも、お2人。それに記者さん2名、総勢9名の方に見送られて、再スタートです。f0211837_6264552.jpgたった一人で走り出した日本橋を思えば何とにぎやかなことか。暑い中、本当にありがとうございます!




                    ラブリー!
                      マイ・チアガール!!

清流の街、三島。photo.水口!
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三島は、旧東海道が現在もメインストリートです。
大社から500mほど西にあるのが、エミーさん主宰の「音楽館・プローベ」
もとは、老舗の家具屋さんです。
写真は2009年秋、僕らの出世作、「私説・三島音頭」の路上発表会。
今日、エミーさんのご両親が、手をふって見送ってくれました。



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宝池寺の一里塚の前、まだ1キロくらいなのにノドがカラカラ。気温32,9度の影響というより、慣れないラジオ出演と新聞取材のせい? 早くも脱水状態。
          photo・志むら遊酔






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黄瀬川(木瀬川)を渡れば、沼津。奥の山は、シンボルの香貫山。近所で育った僕には、遊び場でした。




沼津の城跡は、いまの中央公園。小ぶりですが、狩野川が隣接で、気持ちの良い所です。
f0211837_7371092.jpgここで、なつかしい昔の音楽仲間が待っていてくれました。S君
実はずーっと音信が途絶えていたのですが、つい先日ジョギング中に、バッタリ。今日のことを話したら、奥サンと駆けつけてくれたのです。
嬉しいなあ。

本当に、本当に嬉しかったのですけれど・・・・ヤツはとんでもないものを差し入れに持ってきました。
マムシの粉!f0211837_7453164.jpg
彼のご実家は、沼津では有名な、ヘビを原料にした健康食品の店。
その名も 「へび救」(TEL.055-931-4952) です。

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純度100%のマムシの粉                              を食す、ワタクシ。
                              なんて顔だろ・・・。

中央公園は、JR沼津駅から徒歩10分。
その途中にある「仲見世商店街」のテーマソングは僕がつくっています(コンテスト最優秀賞)。でも今日は、S君とバカ話、ハゲ話、“オトコ”の話で盛り上がり、予定時間を大幅に過ぎてしまったので、寄らずに通過。
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大通りに出る手前に設置されている案内。現代彫刻みたいにスッキリ素敵なデザインだけど・・・・。

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江戸時代の古地図とこの現在のものが書かれている立派な物ですが、どこにも「東海道」の文字がありません。東(右)はほぼ一本道だからまだしも、西へは縦横いくつもの通りがあり、どこをどう行けば旧東海道なのかさっぱり分かりません。一言「東海道」の文字を入れるとか、矢印でもあれば親切なのに・・・。こんな感じの物は神奈川県にもありました。



沼津から西へ延びる主要道には、北から「国道1号線バイパス(通称・バイパス)」「旧東海道(通称・旧道)」「旧の国道1号線(通称・旧国一)があります。天気が良ければ、どの道からも雄大な富士山が望めるのですが・・・今日は晴れてはいるけど雲でダメ。

f0211837_8223646.jpg原宿の手前にあるのが、素朴ながら白隠禅師で有名な古刹
「松蔭寺」です。
僕には、少々つらい場所。子供の頃とてもかわいがってくれた、おじさんおばさんの葬儀がここで行なわれたのです。
合掌。


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                        本日のゴール、JR原駅。

高校時代、ごく短期間交際した女性が、このあたりだったのを思い出しました。
「ごく短期間」ってのは、要するに僕がすぐフラれたってことなんですけどね。


午後の出発なので、今日の走行距離は12㎞と短く設定。でもなんか異常に疲れています。1週間前の20
㎞走は快適だったんだけど・・・やっぱ暑さかな?
「マムシの粉」の残りをのんで、今日は早く寝ます。・・・・まてよ?あれは眠れなくなっちゃうのかな?

 ・・・・・・・・・・・・専用ブログのオマケ写真・・・・・・・・

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うまく写真が撮れなかったのですが、先日三島のメインストリートの街灯が、五十三次をイメージした影絵になりました。

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沼津から西へは、もう1本快適なルートがあります。沼津港から富士まで約15キロ、防波堤の上を行きます。天気が良ければ、富士山と駿河湾の絶景! ただし、徒歩と自転車のみ。

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photo.志むら遊酔
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by toukai53 | 2011-08-07 15:41 | 旧東海道

その8・ あした再スタート

長~く停滞したままだった「五十三次」。いよいよ明日、8/6から再開です (おっと、サイカイと打ったら、『最下位』と変換されてしまった!)。
3月に始めた時は、「一人で走って、一人で終わる」つもりだったものが、だんだん気にかけてくれる人が現れ、本拠地の三島からはずいぶん様子が変わります。荷物やカッコウも、かなりニギニギしく・・・・。

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「三島ホタルの会」会長さんからは、特製ゼッケンや寄せ書き用の布(写真は折ってあるけど、デカイんだなこれが!)。作家・清田予紀氏からは、専用の名刺とシール。2日目に大学時代の友人たちがくれた赤いタスキは、もちろん。それになぜか(?)「私説・三島音頭」と「歌おうこの街」のCDも・・・。
友だちがいない、とよく言われる僕には、嬉しい誤算。

12月に、完走報告ライブが、ちゃんと開けますように、

行ったり来たりのひとり駅伝、ヨソ見・ワキ見、寄り道しつつ、旧東海道を味わってこようと思います。


まあ明日は、三島大社前から原までの12~13キロ。真夏の午後イチとはいえ、大丈夫でしょう。
問題は、その直前に生出演するラジオ。
ボイス・キュー 「どんどん土曜日」。
アガリ症の僕としては、生放送、しかもパーソナリティが憧れの小坂マッチーとなれば、緊張するなという方が無理。
きっちりトークを決めて、軽やかにスタートしたいところですが、
しどろもどろで恥をかき、逃げるように走り去る、って方が現実的不安・・・。





ともあれ明日、張りきって!d0242207_2056050.jpg

8/6 正午 三島大社前

ボイスキュー
(FMみしまかんなみ) 僕の出番は、11:20~40です。





                                     「春の三島大社」 photo ・志むら遊酔
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by toukai53 | 2011-08-05 20:44 | 旧東海道

その7・僕の、マラソン

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初めて走ったマラソンは、1984年のホノルルです。
日本人はまだ少なく、ある意味しあわせな時代でした。

一生に一度、と挑んだ42,195キロ。
ゴールは涙、涙でした。
「一生に一度」のはずだったのに、ずっと走り続けることを決めました。

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そのうちに、「トライアスロン」という、日本ではまだ始まったばかりのスポーツと出会います。
当時は、「競技」というより、「変人のガマン大会」って雰囲気でした。レース中、ヒーコラ走ってたら、地元のジイチャンから
「あんたら、この暑いのに何やってんの?」なんて聞かれたり。
写真は、1988年の宮古島。トライアスロンが、メジャーになり始めた頃です。
練習、本番、当日の天候も含めて、すべてがカンペキ。11時間19分54秒、
404位の成績でしたが、完全燃焼。これ以上の充実感はもう味わえないだろうと満足し、トライアスロンからは「撤退」することにしました。

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次に向ったのは、ウルトラマラソン。公式に募集がされて第1回目か2回目の、サロマ湖100㎞
1989年です。11時間56分41秒で、327位。
大好きな北海道だし、完走は最高に嬉しかったけれど、トライアスロンほどワクワクしたものは感じず、ウルトラは、これ1回。


そのあと自転車旅行と山登りに夢中になり、ジョギングは続けていたものの、レースからは遠ざかります。


d0242207_2255156.jpg40才突入の記念に、ずっと走りたいと思っていたニューヨーク・マラソンへ。
この大会のインパクトは脳ミソが飛び出るくらい強烈で、翌年、3年後と、計3回出場しました。
3回目の時は、同行者がハーレム地区でアクシデント。置いていくわけにもいかず、僕も初のリタイヤを経験。ハーレムから救急車に乗る、というオマケまでつきました。
ちなみに、このブログを作ってくれた作家兼専門学校      3回ともカメラ片手の42㎞。ここはスタート
講師・清田予紀氏も一緒に出場し、氏は歩きに歩いて      直後のベラザノ橋。2階建で、約5㎞!
(笑)、見事「完走」を果たしています。                     

NYマラソン以後、年に1回のペースを守って、フルマラソンを楽しんでいます。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


d0242207_1633124.jpgさあ、そして今回の「五十三次ひとり駅伝」です。
総距離492㎞といっても、「分割」ですから、ふつうの市民ランナーなら大騒ぎするほどの距離ではありません。承知しています。

トライアスロンやウルトラマラソンは、「体力の限界への冒険」でした。でも、今回は違います。それが目的ではありません。
今回のテーマは、旧東海道を走りながら、「何を見て、何を思うか」です。そして僕が感じたことをきちんとフィードバックし、「街づくり」に尽力される方々の、少しでもお役に立てたら、と考えています。

d0242207_15521668.jpgかけがえのない、「人」の暮らし。
その集まりである「町」。
そして、それをつなぐ「道」。
長い歳月の積み重ねで築き上げられたそれらが、一瞬のうちに失われることを僕たちは知りました。悲しい経験でしたが、同時に郷土への愛、というものが今まで以上に心の中で高まりを見せています。
歴史の舞台であり、かつ僕たちの生活に身近なこの旧東海道。それを再発見・再認識することは、そういう意味からも重要なことだと思います。そんな思いを込め、また故郷を失った東日本の方々に思いを馳せながら京都まで走ることで、今後の自分に何ができるのか考えていくつもりです。
・・・・・ガラにもなく、真面目ぶってしまいましたね。餞別がわりに、どうぞお許しを。

「町おこし」から「道おこし」へ。
できるかぎりの、よそ見・わき見、寄り道をしてこようと思っています。
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by toukai53 | 2011-08-04 19:07 | 旧東海道