その1・浜松~気賀~三ケ日 「不思議いっぱい」

旧街道ひとり駅伝・第2弾 「姫街道」。 2月4日、その初日です。「三島宿PR大使」としての初走でもあります。
浜名湖の北側をいくコース。同じ静岡県でも、東部の人間には馴染みが薄いのが本当のところです。それだけに楽しみ!

f0211837_8491693.jpg東の基点は主に見附宿と浜松宿がありますが、浜松宿 から走り始めました。

向かい風が悩ましく吹いてきます。節分の昨日、恵方巻きを北北西に向って食べたのに、北西の風。「福」ではなく、「吹く」を呼んでしまったか!

国道沿いで、道は分かりやすいけれど、旧街道らしい趣きはナシ。
面白い地名のバス停を発見したので、パチリ。f0211837_849585.jpg
(この時はその程度だったのですが、後でお会いした浜松市博物館の学芸員の方から愉快なエピソードを教えてもらうことになりました。)
 

約6キロ、三方ヶ原で見附ルートと合流すると松並木が現れはじめ、ようやく旧街道らしくなってきました。



f0211837_12103786.jpg
ところどころ沿道に雪の残る道を進んで約16キロ、
奥浜名湖・気賀宿 です。

これが、本物の気賀関所の跡。建物の屋根の部分が当時のままのものです。
ちなみに下は、化粧品屋さん。
ちょうど裏庭になる所から撮影しています。表通りからは見えません。

f0211837_1215281.jpg

こちらは復元された、気賀関所。
現在の観光の中心です。






宿中心部にある 「姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館」。
浜松博物館学芸員・栗原さん(左)、地元ボランティアサークル・「いぐさ会」の内山さん(中)、サークル会長の鶴見さんが迎えてくれ、貴重なお話を2時間近く(!)聞かせてくださいました。

f0211837_12271228.jpg
「姫街道は、旧東海道の脇道」――ガイドブックでもそう紹介されるのが一般的です。 僕も前回のブログにそう書きました。「ズバリ」まで付けて!
でも、この言い方は正確ではないそうです。まず、どちらの歴史が古いのか不明なこと。史跡的にいっても、どちらがメインルートなのか判断できないというのです。
「海側の東海道、山側の東海道。 というのが適切でしょうね」
学芸員・栗原さんの言葉です。

「いぐさ会」の鶴見さん、内山さんには、この地の産業や暮らしの歴史についてお話を伺いました。
かつて隆盛を誇った 畳表づくり。 きっかけは宝永大地震。水田が塩害を受け、当時の領主が塩に強いイグサ作りを導入したとのこと。
「今でいう 『震災復興』 ですね」
去年の大震災を経験してしまうと、リアルにイメージできます。

銅鐸の展示も充実していました。この地では銅鐸の出土が多いのですが、その理由は今まだ解明されていないそうです。

そうそう、バス停の「銭取」の話です。
三方ヶ原合戦で大敗した徳川家康。ほうほうのていで逃げ、空腹を満たそうと小豆餅屋へ。そこに武田軍の追っ手! 慌てた家康、お金も払わず遁走。しかし、だまっちゃいなかった餅屋のバーサン。家康を追いかけ追いつき、ここで金を取った、というのです!!
「あくまで伝説ですよ。史実じゃありません」
栗原学芸員は、笑いながらそう言われました。

f0211837_1340253.jpg

この小さな池は、「ダイダラボッチの足跡」。ダイダラボッチは、琵琶湖を掘った土で富士山をつくったという伝説の巨人。
高橋克彦の小説で、「ダイダラボッチ=宇宙人説」があったような、なかったような・・。


f0211837_13454421.jpg



地元出身の作詞家・清水みのるの碑。

昭和の名曲「星の流れに」「月がとっても青いから」の作者ですね。



f0211837_13505451.jpg
小引佐から奥浜名湖の絶景。新幹線からの浜名湖はおなじみですが、北側からの眺めは新鮮です。

f0211837_13525693.jpg
姫街道は、三ケ日で現代の大動脈・東名高速道路に分断されていました。


今日の道のり、案内表示は過不足なく的確で、とても走りやすく思いました。
またお姫様だけでなく、ビッグフットから家康、昭和歌謡に至るまで、バラエティ豊かな不思議伝説にあふれ、ハイキングにはもってこいのロマンチックルート。おススメです。



本日の走行距離/約28㎞
[PR]
by toukai53 | 2012-02-05 15:37 | 姫街道
<< 三島宿・「地口行灯」 姫街道・予習 >>